静岡地方裁判所 昭和55年(ワ)109号 判決 1992年1月17日
原告
ナカミセ食品株式会社
右代表者代表取締役
橋ケ谷金善
外一三名
右一四名訴訟代理人弁護士
小野森男
同
増田堯
同
菊池信廣
被告
日本道路公団
右代表者総裁
鈴木道雄
右訴訟代理人弁護士
井関浩
同
片平平吉
同
馬場正夫
右指定代理人
中村登
外三名
主文
一 被告は、原告らに対し、別紙認容金額一覧表の各原告に対応する認容額欄記載の各金員及び右に対する昭和五四年七月一二日から支払済に至るまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの、その余を被告の、各負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、別紙請求金額一覧表該当原告合計金額欄記載の各金員及び右に対する昭和五四年七月一二日以降支払済に至るまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 本件事故の発生
昭和五四年七月一一日午後六時三五分ころ、東名高速道路日本坂トンネル下り線(以下「本件トンネル」という。)において、走行中の車両の追突事故が発生し(以下「第一事故」という。)、この事故に関係した車両が炎上し(以下この火災の発生地点を「本件火点」という。)、その後、後続に停車していた車両に延焼し、右延焼火災は、数日間に及んで、遂に、約一七〇台の車両が焼失するに至った(以下「延焼事故」という。また、第一事故と延焼事故をあわせて、「本件事故」という。)。
2 本件トンネルの設置状況
東名高速道路は、東京都世田谷区を起点とし、神奈川県及び静岡県の両県を経て愛知県小牧市において名神高速道路と接続する全長346.7キロメートルの高速道路であり、昭和四三年四月二五日に部分的に供用が開始され、昭和四四年五月二六日に全線の供用が開始された。
日本坂トンネルは、東名高速道路の静岡インターチェンジと焼津インターチェンジとの間に昭和四四年に設置された上下線分離方式のトンネルであり、上り線用のトンネルは長さ二〇〇五メートル、本件トンネルは長さ二〇四五メートルであった。本件トンネルは、静岡インターチェンジ側入口(以下「本件トンネル東坑口」という。)から進行するとしばらく上り勾配であり、途中から焼津インターチェンジ側出口(以下「本件トンネル西坑口」という。)まで2.5パーセントの下り勾配になっていた。
本件トンネル内の道路は、幅員各3.6メートルの走行車線及び追越し車線の二車線並びに両側に設けられた幅員各0.75メートルの側帯から構成された幅員7.95メートルの道路であり、その通行に関して危険物積載禁止等の通行規制はなかった。
本件トンネル西坑口には、上り線と下り線とを結ぶ開口部があり、通常時は柵で遮断されていた。
3 日本坂トンネルの防災設備及びその管理体制
(一) 防災設備
被告は、トンネル内における火災事故等に対応するため、本件事故当時、左の防災設備を本件トンネルに設けていた。
(1) 火災感知器
火災感知器は、発生した火災を自動的に検出し、その位置を被告の東京第一管理局静岡管理事務所(以下「静岡管理事務所」という。)コントロール室(以下「コントロール室」という。)に通報するためのものであり、本件トンネル内に一二メートル間隔で向い合わせに合計三四四個が設置されていた。火災感知器で感知された情報は、コントロール室の操作卓に表示され、ベルが鳴って知らされることになっていたが、操作卓に表示される感知位置は、上り線用トンネルか本件トンネルか、トンネル中央部より東坑口か西坑口かの区別のみであった。
(2) 手動通報機
通報設備として手動通報機が設置されていた。
(3) 非常電話
非常電話は、事故当事者又は発見者が通報するものであり、走行車線側壁面に約二〇〇メートル間隔で一二個設置されていた。非常電話の通話先は、神奈川県川崎市にある被告の東京第一管理局交通管制室(以下「管制室」という。)であった。
通話している非常電話の位置は、管制室のグラフィックパネルに表示されたが、その表示は本件トンネル全体を一区画として表示する仕様であったから、本件トンネル内のどの位置の非常電話を使用しているのかを表示自体から判別することはできなかった。
(4) ITV
ITVは、トンネル内の状況を監視するためのテレビで、本件トンネル内の追越車線側壁面に約二〇〇メートル間隔で設置された一〇台のカメラとコントロール室に設置された三台のモニターによって構成されていた。しかし、本件事故当時は常時監視態勢ではなく、必要に応じてスイッチを入力して画像を映し出すことになっていた。本件トンネルのITVは、火災感知器等の通報設備とは連動していなかったため、手動で順次カメラを切り替えていくことによって事故発生地点を探していかなければならないものであった。
(5) 消火栓
消火栓は、トンネル内で発生した火災を初期に消火し又は制圧するための設備で、追越車線側に四八メートル間隔で四二個設置されていた。その操作は、事故当事者又は発見者に期待していた。格納箱に納められたホースを引出し、格納箱内右上方の赤塗りのレバーを手前に倒し、その上で、格納箱内上方奥にある起動釦を押さない限り水は出ないようになっていた。また、コントロール室において消火ポンプの鎖錠を解放しない限り水は出ないようになっていた。ホースの長さは三〇メートルであり、四八メートル間隔に設置されていたから、計算上は火災現場に最も近い消火栓を使用すればホースの届かないところはないはずであった。
(6) 消火器
消火栓と同じ場所に二個ずつ合計八四個消火器が設置されていた。
しかしながら、消火栓格納箱のドアを開くと消火器がかくれる構造であった。
(7) 給水栓
給水栓が東西両坑口に各一個設置されていた。
(8) 水噴霧装置
水噴霧装置は、水を噴霧状に放射して火災を抑圧又は消火あるいは火熱からトンネル施設等を冷却保護し、火災の延焼を防止するための設備で、火災地点の一区画三六メートルが同時に一斉放水される仕組みになっていた。また、必要に応じてそれに隣接するもう一区画三六メートルも放水可能となっていたから、合計七二メートルの範囲で一斉放水できる仕様であった。放水される二区画は火災感知の順に連続した二区画であった。水を放水するスプレーヘッドは、両側壁面ボード部に四メートル間隔で一〇二四箇所設置され、一区画一八個で構成されていた。本件事故当時用意されていた主水槽の容量一七〇立方メートルの水で四〇分間の放水が可能であった。水噴霧装置は、機械的には火災感知器と連動して作動する仕様となっていて、火災感知器が感知すると同時に放水を開始する仕組みになっていたが、西日の太陽光線や自動車の前照灯の照明に対しても感知することがあったため、連動して作動する仕組みを改めて、本件事故当時はコントロール室で火災を確認してから水噴霧装置の鎖錠を解放しないと放水しないようになっていた。
(9) 水槽及び消火ポンプ
消火栓、給水栓及び水噴霧装置に送水するために本件トンネル東坑口に容量一七〇立方メートルの主水槽を設け、消火ポンプにより加圧して送水していた。
(10) 可変標示板
警報設備として東名高速道路下り線小坂トンネルの東坑口から東京より二一〇メートルの地点の追越し車線側に可変標示板(以下「本件可変標示板」ともいう。)が設置されていた。非常警報設備は、トンネルにおける自動車火災事故等の発生を後続車又は対向車に報知、警報し、それに伴う二次的災害を軽減するために、運転者の視覚及び聴覚に警報を与える固定設備でありその目的とするところは、①トンネル内への自動車の進入禁止及び②トンネル内の自動車を速やかにトンネル外へ退避させることであり、それによって延焼を免れることができる仕組みになっていた。なお、本件可変標示板には、スピーカーによるサイレン音の吹鳴による聴覚信号装置が併設されていたが、この音信号のサイレンは本件事故当時は吹鳴しないようになっていた。本件事故当時の本件トンネル内には表示板はなかった。
(11) 送風機
トンネル内の換気用として東西両換気塔に各六台の送風機が設置され、そのうち各三台が本件トンネル用であった。通常の場合には、この送風機によって、外気を吸い込んでトンネル内の天井板に設けた送風穴から車道に送り出し、車道内の空気の清浄を図っていたが、火災発生の場合には、送風機を逆転させて、車道内の煙をトンネル外に排出する仕組みになっていた。その排煙能力は送風能力の六〇パーセントであった。
(二) 防災設備の管理体制
事故に関する情報は、すべて管制室に集められて処理するような体制がとられていた。まず、非常電話からの通報は管制室が直接受信していた。火災感知器、ITVによってコントロール室が得た情報は、専用電話によって管制室に通報されるようになっていた。そして、消防署、警察署への通報連絡は、すべて管制室から専用電話によって行われていた。また、被告が運行していた巡回車をはじめ被告内部の各部署への通報連絡も管制室を通じて行われていた。そのために指令電話と呼ばれる専用回線が架設されていたほか、移動無線と呼ばれる無線装置も用意されていた。このような通報体制をとっていたため、コントロール室から直接に消防署、警察署及び内部の各部署への通報連絡は予定されておらず、そのための特別な設備はなかった。コントロール室では、非常電話を除く本件トンネルの防災設備の管理・運用をしていた。本件可変標示板の「進入禁止」の表示、消火ポンプの起動、水噴霧装置の放水及び送風機の逆転等は、すべてコントロール室において係員がITVにより火災を確認してから操作することになっていた。
4 本件事故の状況
(一) 第一事故の発生及び同現場における火災発生
昭和五四年七月一一日午後六時三五分ころ、本件トンネル内169.1キロポスト付近(本件トンネル西坑口から東方四二〇メートル付近)において大型貨物自動車、普通乗用自動車等六台の関係する多重追突事故(第一事故)が発生した。ほぼ同時に同場所において、藤崎賢治運転の普通乗用自動車のガソリンタンクから路面に流出したガソリンが引火炎上し、車両火災が発生した。
(二) 原告澤入和雄(以下「原告澤入」という。)・同大石峯夫(以下「原告大石」という。)らの救助活動及び消火活動
(1) 原告澤入は、第一事故現場後方約一〇メートルの地点に停車したが、そのとき栗原則夫運転の普通乗用自動車の車両前部の車体下部付近から出火しているのを視認したので、直ちに駆けつけ右車両乗員を救助しようと必死の努力を続けたが果せず、同六時四五分ころ、右栗原車両は爆発炎上した。そこで、原告澤入は、救助を断念し、自己の車両に戻り乗車して、車両を本件トンネル東坑口方向へ後退させ始めたが、このときトンネル内の照明が消え真暗になったので、自己車両及びその後方の車両のライトを頼りに後退を続け、一〇〇メートル近く後退したところで停車した。
(2) 原告大石は、トンネル内を走行中前車に続いて停車したが、やがて前方の追越車線壁面の消火栓から数名の運転手達が消火ホースを引っ張り出しているのを目撃したので、降車して手伝ったが、水が出ないうえ、ホース先端から火点(栗原車両)までは二〇メートル近く離れていたため、消火不能と判断した。そのため、原告大石及びホースを握っていた他の運転手達は、各々自己の車両に戻り、順送りに低速で自動車を本件トンネル東坑口寄りに後退させたが、後退を始めて間もなく爆発音を聞いた。そして、原告大石は、約一〇〇メートル後退して停車し、車両から降りて他の運転手達と共に本件トンネル東坑口へ向け走って避難したが、既にトンネル内の照明が消えていたので、停車車両のライト(点灯されたままのスモールランプ)を頼りに足元を探りながら走るような状況であった。
(三) 事故の通報
同六時三九分ころ、管制室に対し、下り線8番ポスト非常電話から第一事故発生の通報がなされた。
(四) 消防隊の現場到着と消火活動等
(1) 同六時四二分ころ、管制室から静岡市消防本部(以下「静岡消防」という。)及び静岡県警高速隊に本件事故発生による出動要請がなされた。
(2) 同六時四七分ころ、静岡消防の消防車数台及び救急車一台が本件トンネル東坑口に到着した。
同消防隊は、本件トンネル東坑口からトンネル内に進入したが、トンネル内にある停車車両のため消防車のトンネル内進入が困難であり、更に本件火点が本件トンネル西坑口近くであることが判明したため、進入を断念し、同七時二分ころ、その旨を静岡消防に報告し、静岡消防は、右状況を管制室に連絡した。
(3) 同七時一八分ころ、管制室から焼津市消防本部(以下「焼津消防」という。)に対し火災事故発生による出動要請がなされた。そして、焼津消防から直ちに消防車一台及び救急車一台が出発し、次いで同二八分ころ救急車一台、同四三分ころ化学消防車、同五六分ころ消防車数台、同八時三一分ころ消防車数台が順次出発した。
(4) 同七時四一分過ぎころ、前記(3)記載の先発消防車一台及び救急車一台が第一事故現場に到着し、消火活動を開始し、その後、順次後発消防車・救急車が現場到着し、消火活動等に従事した。
(五) 延焼による火災事故
しかるに、翌七月一二日未明、本件火点から約一〇〇メートルの間隔をおいて本件トンネル東坑口寄りに停車中の原告澤入所有車両以後の停車々両に延焼し、延焼火災は、数日間に及んで、遂に、原告ら所有車両を含む約一七〇台の車両が焼失するに至り、延焼火災が完全に鎮静したのは、同月一八日午前一〇時ころであった。
5 国賠法二条一項の責任
(一) 日本坂トンネルの設置・管理義務の内容
被告は、日本道路公団法により、その通行又は利用について料金を徴集することができる道路の新設、改築、維持、修繕その他の管理を行うこと等を業務とし、これによって道路の整備を促進し、円滑な交通に寄与することを目的とするものである(同法一条、一九条一項)。被告は、右業務として東名高速道路及び同道路と一体をなす日本坂トンネルの設置・管理を行っていたものであるが、本件トンネルについては高速道路一般及びトンネルとしての構造上の特性として、①道路は高速走行(おおむね毎時一〇〇キロメートル)を目的とし、②一方通行であり、③交通整理用の信号機が存在せず、④一般道路との互換流通を遮断され、⑤道路外とはパーキングエリア等特定の場所を除き情報伝達を遮断され、⑥その利用は有料であったが、更に、日本坂トンネルの特性として、⑦長さが二〇四五メートルに及び、⑧トンネル外において走行車線の左側に設置されている巾約二メートルの路側帯がトンネル内には設置されておらず、⑨トンネル内の風はほぼ常時本件トンネル西坑口から本件トンネル東坑口にかけて吹いている等の特殊な条件が加わっていた。
したがって、被告は、本件トンネルの右特性を含む設置状況及び交通状況等を総合的に考慮し、安全・円滑な交通を確保できるような設備を設置し管理する義務がある。
しかも、被告は、道路の設置、管理、発生した事故等の全ての情報を独占管理するものであって、事故発見者らがその情報を直接消防本部や警察へ伝達することは不能である。
したがって、情報独占管理者としての被告には、火災等に対する正確な情報を迅速に把握するための装置を設置し、必要な他機関に対して的確な報告をなし、又は的確な支援を得て、利用者の生命、財産の安全を守るべき責任が存在する。
(二) 車両火災等の予見可能性
東名高速道路の交通量は、全線が開通した昭和四四年ころ、年間交通台数は四一四八万台であったところ、本件事故が発生した昭和五四年では九四三〇万台に増加していた。
東名高速道路での四車線区間での交通容量は、一日当たり四万八〇〇〇台とされていたが、昭和五四年ころの日本坂トンネルのある静岡インターチェンジ・焼津インターチェンジ間は、一日当たり四万九〇〇〇台であった。
東名高速道路全線における車種別平均交通量を昭和四七年から昭和五四年までみると別表(三)の通りであるが、昭和四七年には全線平均で普通車が77.2パーセント、大型車が20.2パーセント、特大車が2.6パーセントの割合であったものが、昭和五四年には普通車が70.5パーセント、大型車が26.2パーセント、特大車が3.3パーセントと変わり、大型車の増加が顕著であり、この大型車の増加はそれだけ事故発生の危険を増大させていた。
東名高速道路の供用にあたっては、危険物積載車両の運行制限が存せず、被告が昭和五四年一一月一三日及び一四日に行った調査によると、大井松田インターチェンジから焼津インターチェンジ間に通行する車両のうち石油類等の危険物を積載している車両は全車両の2.4パーセントであった。しかし、ここにいう危険物とは爆発炎上する危険性のある石油類であって、ここには一旦着火すると高熱を発して燃焼を続ける化学樹脂等石油製品類は含まれていない。したがって、燃焼を開始すると危険な可燃物を積載した車両はこれをはるかに超えるものであった。
東名高速道路の東京インターチェンジから三ヶ日インターチェンジ間における本線上の事故率及びそのうちの車両火災の件数及び原因並びにトンネル内の事故件数・事故率については別表(五)ないし(九)の通りである。
トンネル内車両火災について、第一に、被告が管理するトンネル内で発生した車両火災のうち昭和三八年九月から本件事故までに発生したものの火災の概要は別表(一〇)の番号一ないし二四までであり、第二に、トンネル内延焼火災の具体的例としては、火災車両から一〇〇メートル後方の車両に延焼した昭和二四年五月一三日のアメリカ合衆国ホランドトンネル事故、破損した燃料タンクから流出したガソリンが発火したが運転手らが消火器による消火作業を行い六分後に鎮火させ、初期消火の成功により他車への延焼を免れさせた昭和四二年八月一一日の我が国関門トンネル事故、運転手らがエンジン部からの出火に対する初期消火に失敗し、そのため積荷の合成樹脂を燃焼させ、その高熱のためトンネルの長さわずか二四五メートルにも拘らず出火から火勢が弱まるまで一七時間余りを要した昭和四二年三月六日の我が国鈴鹿トンネル事故などがある。
以上のような高速道路の現状及び前記本件トンネルの特性からすれば、本件トンネル内で車両火災が発生した場合、後退避難不能の後続車両が類焼することは当然予見可能であったというべきである。
(三) 防災設備等の設置・管理の瑕疵
(1) 設置・管理すべき防災設備等の内容
日本坂トンネルの前記設置・管理義務及び予見可能性を考慮した場合、本件トンネルに設置し管理すべき防災設備を具体的に指摘すれば左のとおりである。
① 通報設備
事故・火災の発生状況を迅速・的確に把握し、消防署・警察署に対して事故等に関する正確な情報を伝達し得る設備が必要である。
② 火災感知器・ITV
火災発生を迅速・正確に把握するために必要にして十分な機能・台数の機器を設置すべきであり、右各機器の相互連動も不可欠である。
③ 消火設備
消火器・消火栓は、通行者らによる初期消火を期待するものであるから、容易に操作し得る機器を適切に配置することが必要である。
また、水噴霧装置は、火災の状況に応じ早期かつ確実、有効な放水をなし得る機能を有しなければならない。
④ 非常警報設備
通行車両への警告力を確保するため、容易に認識し得る表示を適切に配置すること、音信号による警報設備を設置すること等が必要である。
⑤ 適切な防災体制の確立
本件トンネルの各防災設備は、その大部分が被告の職員の操作により機能を発揮するものであるから、被告としては、平素から実際的な防災訓練等により臨機応変な防災活動を実施し得る体制・能力を確立しておくことが肝要である。
(2) 本件トンネルの瑕疵
① 通報に関する瑕疵
ア 通報体制の内容
本件トンネル内において自動車多重事故、これらに起因する火災発生の蓋然性が高いこと及びその予見が可能であったことは前記のとおりである。また、本件トンネル内に火災等事故が発生した場合、事故に関する情報は通行車両運転車の通報等により管制室に集中するシステムになっており、右通報等が直接に消防、警察等の機関に伝達されることは無い。したがって、被告としては、火災等事故情報を迅速・正確に蒐集し、消防等への的確な指示、要請を行うなど事故の拡大を防止することに全力を尽くす義務がある。ところが、本件事故当時本件トンネルに関し実施されていた通報体制は、それ自体欠陥を有し、更に本件事故に際し現実に行われた通報は極めて不適確・不十分であった。
イ 通報体制の欠陥
消防機関への通報体制について、静岡インターチェンジと焼津インターチェンジ間においては、上り線を焼津消防、下り線を静岡消防が各担当する旨の協定・覚書があり、被告は右協定に沿った通報を通常行っていた。本件火災に際しても同様の通報がなされたが、本件トンネル内で火災が発生した場合にも、常に右通常の通報体制によることは甚しく不合理である。なぜならば、トンネル内道路には巾約二メートルの路側帯がないから、トンネル内に多数の渋滞車両の存する場合には、消防自動車が本件火点付近まで到達出来ず、また、煙により消防士が進入出来ないこともありうるし、更に、右の本件トンネルの特性に加えて、本件道路には焼津インターから進入する消防車が、当初上り線を走行し、トンネル西口三〇〇メートル手前から下り線を逆行してトンネル西口に進むことが可能な施設があり、焼津消防は危険なく本件火点まで進める状況にあったからである。
また、前記協定・覚書においても、右方式は原則に過ぎず両消防は、「事故の状況により相互に応援しあうもの」(覚書第三条)とされていたのである。したがって、被告が本件トンネルの前記特殊状況を加味した通報体制をとらず、全ての場合に下り線は静岡消防へ通報するとの原則を維持していたのであれば、その通報体制そのものが道路管理の大きな瑕疵である。本件トンネル内の火災では火点が東坑口であることが判然としている場合を除き、静岡及び焼津両消防へ同時に通報する体制をとるべきであった。
ウ 現実になされた通報の瑕疵
(ア) a同日午後六時四二分管制室から静岡消防へ通報しているが、本件火点の位置は示しておらず、b同日午後六時四五分静岡消防からの問い合わせに管制室は静岡側に近い地点と誤った回答をし、c同日午後七時一二分同消防から管制室に再度現場は焼津側のようであると連絡して、焼津消防への通報を要請したにもかかわらず、管制室は、コントロール室に連絡するなどして本件火点の位置確認をすることもなく、かつ、焼津消防にも六分後の同日午後七時一八分まで通報しなかった。また、コントロール室から管制室への通報についてもコントロール室でのトンネル内の状況の把握は不十分であり、かつ、その後の確認や連絡もほとんどなされなかった。
(イ) 本件トンネル内における火災の制圧、消火が初期消火以外は全面的に消防隊に依存するものであるから、被告としては、消防隊に対し火災についての正確かつ詳細な情報を迅速に通報して適切な消防活動を実現させることが不可欠である。したがって、右通報は、火災の単なる申告ではなく、本件トンネルの防災設備とともにトンネルの安全管理義務の一貫としての通報義務というべきであるが、被告は、右義務を尽くさなかった。
(ウ) 即ち、被告が知り得た本件火点及び同現場から東側のトンネル内車両渋滞状況、並びに風向き(西風)等を考慮すれば、原則どおりの通報、出動措置によっては到底被害拡大を防止できないことが明らかであったから、被告は、静岡消防だけでなく同時に焼津消防へも通報すべきところ、漫然と静岡消防にのみ第一次出動要請をなし、そのため、消防隊による初期消火活動を不能ならしめた。
(エ) また、車両火災においては、自動車燃料及び積載物たる薬品等可燃物及び爆発物の引火・延焼が当然予測せられるのであるから、適切な初期消火を行なうためには、化学消防車を含む必要にして充分な編成の消防隊を出動要請すべきである。しかるに、被告は、焼津消防に対し漫然と「日本坂トンネル下り線169.1キロポストで火災発生、出動願いたい」旨の要請をしたにとどまり、車両火災の初期消火に必要不可欠な化学消防車を含む消防隊の出動を要請することを怠った。そのため、出動要請を受けた焼津消防が適切な編成の消防車・人員を速やかに出動させることを不能ならしめ、消防隊による初期消火活動に多大の障害を及ぼした。
② 電線ケーブルの瑕疵
トンネル内の照明設備・火災感知器・非常電話・監視用テレビ等の電気系統防災設備は、全てグループケーブル内の電線による電気回路で作動するので、右電線ケーブルの機能の確保はトンネル内防災設備の要であるが、トンネル内の車両の衝突炎上の場合、ガソリン等の可燃物が流失し、引火することが当然予想されるから、それに耐え得る能力を有した設備を備えなければ、有効・安全な防災設備とはいえない。
しかるに、本件トンネル内のケーブルは、安易に道路側端に側溝内に架設せられていただけであったため、車両の爆発・炎上の際、引火・流入したガソリンにより火災発生後約一〇分後には焼損をきたした。その結果、右防災設備は、全て作動不能となり、被告は、右火災の火点及び火勢を感知し得ず、水噴霧装置による初期消火は行なわれなかった。
③ ITVカメラ設置不足の瑕疵
ア 日本坂トンネル防災施設の活用のためにITVカメラは極めて重要な役割を担っており、ITVカメラの情報により火点を特定して防災機器を作動させ、被告自らの防災行動を決め消防署等へ情報提供する仕組みになっていた。
本件トンネル内に設置されたITVカメラは、二〇〇メートル間隔で、追越車線側に、進行方向の本件トンネル西坑口に向けて設置されていた。設置位置の路面からの高さは、約三メートルである。カメラは進行方向のみを映し、反転して進入方向を映す構造ではない。
したがって、第一に、ITVカメラで火点を捜す際、具体的距離は担当者の勘に頼らざるをえず、ITVカメラで正確な火点の位置を知ることは出来ないが、担当者の右勘を養う訓練をしたということもなかった。第二に、カメラから遠い追越車線側では車両の前面及び車両下の火は、かなり大きな炎になっても車両に遮られてカメラでは把えられないし、また、カメラの前に車高2.90メートルの車両がくれば、もはやこのカメラでは何も見えないのである。第三に、煙がたってしまえばカメラでは火点の位置等を確認しにくくなり、本件事故のあった七月一一日午後一一時〇五分の状況においては、強力なライトを点燈しても事故地点から焼津側へ五〇メートル、静岡側へ二〇メートルの視界しか存しなかったのである。
以上三点からすると、正確で迅速な火点の位置及び火災状況の確認のためには、より多くのカメラが走行車線及び追越車線側に配置される必要があり、かつ、反転して本件トンネル東坑口側をも看視出来る機構にするか、又は東坑口向きのカメラをも設置すべきであった。
イ ところで、ITVによる被告の火災把握状況は次のとおりであった。
本件トンネルの一〇番カメラは本件トンネル西坑口から四〇〇メートル、九番カメラは同五九六メートルに位置し、第一事故の梶浦豊治(以下「梶浦」という。)運転の大型貨物自動車(以下「梶浦車」という。)の先端が一〇番カメラの真下に、本件火点が同四二〇メートルの位置に、橋本隆夫(以下「橋本」という。)運転の大型貨物自動車(以下「橋本車」という。)の最後部が同446.4メートルの位置にあった。しかも、藤崎賢治(以下「藤崎」という。)運転の普通乗用自動車(以下「藤崎車」という。)と栗原則夫(以下「栗原」という。)運転の普通乗用自動車(以下「栗原車」という。)を小谷光男(以下「小谷」という。)運転の大型貨物自動車(以下「小谷車」という。)に押し込んだ状態になっている中村車の車高は2.73メートルであった。
管制室に火災の第一報が入ったのは昭和五四年七月一一日午後六時三九分であり、静岡消防に出動依頼をしたのは同四二分である。この三分の間、コントロール室は誤報か否かITVカメラによる火災状況の確認作業を行った。そして、ITVを操作していた白石係員は、七、八、九番と順次操作したが、火は勿論のこと原告大石らの消火活動も車体にはばまれ、かつ、カメラが本件火点から一七六メートルの遠方であったため、何ら看視出来なかった。同四二分、炎が天井板に届く程度になって始めて上部の炎をITVで確認し、その頃感知器も作動したが、折から風は本件トンネル西坑口から東坑口へ吹いていたため煙のほとんどは東坑口に流れたので、炎が天井に届くやいなや九番カメラは煙にはばまれて視界を失った。
右のように、火災に関しては正確な情報がなかったが、ITVモニターの画像が消滅した同五六分ころ、管制室では本件火災の重大性を認識し、梅田係員は、焼津消防に下り線を逆走して火災現場へ急行することを依頼した。しかしながら、危険な逆走依頼にもかかわらず、梅田係員は、火点、火災が見えないのは鎮火したからなのか否か、消火状況、交通状況等の火災情報を提供出来なかったので、焼津消防は、これを出動要請と認めなかった。そこで梅田係員は、「通常お願いします。」で終わるところを、四、五分もかかって焼津消防に出動の懇願をしたのである。しかしながら、焼津消防は、梅田係員の懇願に応じず、七時一八分に至り焼津インターでパトロールカーが先導するという事実をもって初めて出動要請と認めたのである。
以上のとおり、被告は、本件事故における火災状況を全く把握していなかったのであるが、その理由は、第一に、ITVカメラの設置位置が路面より三メートルであるから、車高三メートル弱のトラックが多数走行していた実態からすれば、二〇〇メートルの範囲を一つのカメラで看視するのはその距離が長過ぎ、第二に、追越車線側だけの設置では同車線側の事故を看視しにくく、第三に、全カメラが走行方向の一方のみを看視する構造ではカメラに向って煙が走った場合にカメラは看視機能を失うからである。したがって、本件トンネル内のカメラは、看視間隔をより短くし、かつ、走行車線と追越車線の双方側に、しかも走行方向と逆方向との双方から看視出来るように設置しなければならなかった。しかるに、被告は、この設置を怠り、火勢及びトンネル内の交通状況を把握できなかった。
ウ 管制室の梅田係員が焼津消防に出動の懇願をしたのが昭和五四年七月一一日午後六時五六分ころ、同梅田が公団パトカー三号に車両火災のため焼津インターチェンジで待機するよう指示したのが同七時、同三号が焼津に到着し、焼津消防を先導するよう指示を受けたのが同七時一八分、梅田が焼津消防へ先導車が焼津インターチェンジに到着した旨の報告及び出動の依頼をしたのが同時間、焼津消防が同インターに到着したのが同七時二七分、同インターを出発したのが同七時二九分、現場に到着したのが同七時四四分であるから、焼津消防は、出動してから二六分で現場に到着していることになる。したがって、栗原車が爆発炎上した同六時四二分ころからほどなく、本件火点の西坑口側に東坑口向きに設置されたITVカメラを利用し、火災が猛火であること及び通過車両がないことを報告して焼津消防への出動を依頼していたとすれば、焼津消防は、遅くとも同七時一〇分ころには消火活動に入れたというべきである。他方、中村車の積荷のスチロールに引火したのは同六時五五分であるから、同七時一〇分ころに後続の橋本車の松脂に引火していたとしても、いまだトンネル内の九〇メートル後方の後続車両が自然発火するほどの高温にはなかったものである。
以上のようなITVカメラの設置、作動状況等からすれば、被告には、ITVカメラの設置不足、設置方法の瑕疵があり、本件トンネル内の火災に関する情報不足から焼津消防の出動を遅らせ、延焼事故を発生させた過失がある。
④ 消火に関する瑕疵
ア 水噴霧に関する瑕疵
(ア) 本件事故の際、水噴霧装置は作動しなかったとみられるが、仮に、放水があったとしても、本件火点から離れた場所で放水されたかあるいは初期消火可能な時期を逸した後に放水されたものであるから、火災の初期の段階で、本件火点に対し適切な放水がなされなかったことは、重大な瑕疵に該当する。
(イ) 水噴霧装置は、機械的には火災感知器と連動して作動する仕様となっていて、火災感知器が火災を感知すると同時に放水を開始する仕組みになっていたが、本件事故当時はコントロール室係員がITVにより火災を確認してから操作卓の鎖錠を開放しないと放水しないように改められていた。
ところが、前記のとおり、本件トンネルに設置されたITVは、本件事故当時設置方法、台数、機能自体に瑕疵があったから、ITVによって火災を確認するまでは水噴霧装置が作動しないというシステムには問題があった。
(ウ) 水噴霧装置の放水範囲は、火災感知器が火災を感知した順に連続した二区画に制限されていたから、火災の状況に応じて放水区画を集中したり、あるいは拡大する機能がなく、延焼防止に適切な設備ではなかった。
イ 消火栓・消火器に関する瑕疵
(ア) 本件トンネルの消火栓のホースの長さは三〇メートルであり、消火栓は四八メートル間隔に設置されていたから、計算上は火災現場に最も近い消火栓を使用すればホースの届かないところはないはずであった。しかしながら、事故の状況によっては火災に最も近い消火栓を使用することができないことが当然考えられるのであるから、三〇メートルでは、長さが不足である。
実際、本件事故においては、三四番の消火栓は本件トンネル西坑口から約四四〇メートルの位置に設置されているところ、橋本車は追越車線側壁面に接し、西坑口から四四六メートルの所が最後尾であるから、この車体が消火栓を覆い、原告大石らは火点から約七〇メートル後方の三三番の消火栓を利用せざるを得なかったし、また、本件トンネルの消火栓の水圧は極めて低く、後続車両の運転者等が消火しようとしても水は本件火点まで届かず、早期消火の失敗の原因となった。
(イ) 本件トンネルの消火栓は、格納箱内右上方の赤塗りのレバーを手前に倒し、その上で、格納箱内上方奥にある起動釦を押さない限りは水はでないようになっていた。
また、格納箱内に設置してあった消火器は、消火栓と扉が別であったうえ、消火栓側の扉を開けると消火器側の扉が隠れてしまう構造であった。そのため、消火栓の使用方法及び消火器の設置場所は極めてわかりにくいものであった。右各機器は、緊急非常の場合に通行者らによって使用されるものであるから、簡易に速やかに使用できるように設置・管理されるべきであった。
ウ 消火ポンプに関する瑕疵
本件事故の際、消火ポンプは、昭和五四年七月一一日午後七時ころ停止した後、同七時四六分ころ東換気塔で手動起動により運転を再開したが、この間約四六分間も消火活動は停止され、火は燃えるに任されていた。
しかし、消火ポンプの稼働は消火活動にとり何よりも重要であるから、何らかの事故で停止した場合でも速やかに再起動できるように、コントロール室にも再起動装置を設けておくべきであった。
エ 給水栓に関する瑕疵
本件トンネルには消防隊用の給水栓が本件トンネル東西両坑口に一個ずつあるに過ぎなかった。
また、本件トンネル内の消火栓の口径は四〇ミリメートルであったから、消防隊のホースの口径六五ミリメートルには全く合わず使い物にならなかったため、本件トンネル内の火災に対する消火活動に重大な支障を来し、延焼事故の原因となった。
⑤ 非常警報に関する瑕疵
ア 可変標示板に関する瑕疵
(ア) 本件トンネルの警報設備として本件可変標示板が一個設置されていた。本件可変標示板の設置位置は、本件トンネル東坑口から東京寄り五三五メートルの地点で、その間に小坂トンネルがあり、同トンネルの東坑口からさらに東京寄り二一〇メートルの地点、本件火点からは約二一六〇メートルの地点であった。本件可変標示板は、「小坂トンネル」「長さ270m」と書かれた道路表示の上に設置されており、その上部には赤色と黄色の点滅灯とサイレンが付けられていたが、本件事故以前からサイレンの吹鳴は停止されていた。本件可変標示板への表示は、火災感知器による感知とは連動しておらず、火災感知器の感知によってコントロール室への通報を受けた係員がITVを操作して火災の発生を確認したうえで表示させることになっていた。
右のような本件可変標示板の設置位置及び道路標示は、運転者にとっては小坂トンネル内についての表示と誤解しやすく、不適切なものであったし、また、サイレンの吹鳴を停止させていたため、高速度で走行する運転者に対する警告としてどの程度の効果があったか問題があった。更に、可変標示板が一箇所にしか設置されていなかったこと及び次のとおり本件第一事故発生から表示されるまでに最低でも二分間以上はかかったことから、本件トンネル内で事故が発生してもその表示がされるまでの間に多数の車両が本件トンネル内に進入してしまう危険性が高かった。
(イ) 本件事故の際、車両火災が火災感知器によって感知され、コントロール室のベルが鳴り、同室係員が、これを覚知後ITVを作動させ、カメラを順次移動させて九番カメラで確認し、かつ、本件可変標示板に「進入禁止」「火災」を表示するまでには、本件第一事故から最低でも二分間以上は要したと考えられる。したがって、本件第一事故発生以前に本件可変標示板を通過してしまった車両はもとより、「進入禁止」の表示がされる前に通過してしまった車両は、全く本件可変標示板の情報に接する機会すらなくその前を通過してしまっていた。
イ 信号機の不存在
本件事故当時本件トンネル東坑口には信号機が設置されてはいなかったが、仮に、本件事故当時に本件事故後に設置された信号機と同様なものが設置されていて、本件追突事故発生と同時に赤信号を表示したとすると、時速八〇キロメートルで五〇メートル間隔で走行していたとすれば、六〇台の車が赤信号を見ずに本件トンネル内に進入してしまっていたことになる。しかし、赤信号を見た運転者は、例外なく信号機の表示に従って停車したはずであり、右のとおり赤信号が表示される前に進入してしまう車両も極端に押えられ、この程度であれば、進入してしまった車両も容易に後退して避難することができたであろうから、延焼車両は皆無にとどめられていたはずである。
ウ トンネル内の警報設備の不存在
本件トンネル東坑口に信号機を設置していたとしても車両の進入を絶対に阻止することは難しいし、いわんや本件可変標示板では全く困難であったから、進入してしまった車両をいかに速やかに本件トンネル外に退避させるかが重要となる。退避を的確にするためには、火災についての情報を速やかに運転者に提供し、退避とその方法についての指示を与えることが重要であり、それには本件トンネル内にそのための警報設備を設置することが必要であった。そして、その設備としては、ラジオを受信しながらトンネル内を走行中の車両に割込放送によって危険を通報するラジオ強制加入放送設備又はトンネル内にスピーカーを設けての拡声放送設備があり、ラジオ強制加入放送設備は被告においても本件トンネルに設置を決めていたとされるが、設置する前に本件事故が発生した。仮に、本件事故当時これらの設備があり、速やかに静岡側開口部を開けて上り線に退避させたとすれば、延焼の被害は避けえたか、完全には避けられないとしても、ほとんどの車両が難を免れたはずである。
⑥ 防災訓練、防災計画に関する瑕疵
ア 防災設備は、これが完全自動式である場合は別論として、通常は管理者による運用により初めて機能を発揮し得るものである。したがって、設備自体が非の打ち所のないものであったとしても、現実の火災等災害において運用に適切を欠けば、その有効性は著しく損なわれあるいは喪失するに至ることはいうまでもない。
防災設備の適切な運用とは、各設備の日常の点検・補修・更新の他、火災等の実際における操作を含むことは勿論であるが、これらの設備を十分に機能させ、火災等の発生ならびに拡大を防止するための訓練及び適切な防災体制の確立をも含むものである。
現実の火災において、所定の手順が確実に設備を機能させ得るか否か各機器の操作方法に何らかの問題点は無いかといったことが常に意識され検討されなければならないが、このことは、各々の設備が機能において高度化した場合においても不可欠であり、あるいは高度化すればするほど人為的操作の重要性は高まるとも考えられる。そして、右操作手順の確立と維持は、結局のところ平素からの研さん、実習によってもたらされるものであるから、この意味で、防災訓練の実行・徹底は、防災設備運用の基盤であり、これを欠くときは設備の有効適切な運用を望むことはできない。よって、設備の管理というときは、右適切な運用を担保するための訓練とこれによる防災体制、システムの確立、改善をも含むものであり、それを欠くときは設備の管理に瑕疵があるというべきである。
イ 前記のとおり、本件トンネルの特徴、長大トンネルの事故数、事故内容等に鑑みれば、本件トンネルにおいて多重衝突事故、これによる火災発生、渋滞後続車両への延焼等の事態は十分に予見可能であったから、被告としては、かかる火災が現実に発生した場合に、被告が設置した設備・防災計画により実際に火災を鎮圧し、延焼を防止し得るか否かを訓練により検証しなければならなかった。即ちa早期に火災を感知し得るか、b火点の確認は容易か、c通報体制に問題はないか、d通行者は、消火設備を有効に使用し得るか、e消防隊は、早期に現場に到着でき適切な消火等活動に従事し得るか、f渋滞車両の排除あるいはこれらへの延焼防止の方法はどうか、といった各事項を前記火災状況を想定した訓練によって各々検証する必要があった。
ウ 被告は、本件事故前において、年一回の防災訓練を実施していたが、その内容は、防災機器のチェックに準じた程度のものに過ぎず、多重追突事故、渋滞車両の存在及び延焼といった事態を想定して行われたものではなかった。また、訓練に際し、各消防との通報、連携等の実習も試みなかった。
エ 仮に、被告が本件事故の様な事故・火災状況を想定して適切な防災訓練を実施していたならば、現に設置されたITVによる火点確認が容易でないこと、通行者による初期消火が困難なこと、通報体制にも問題のあること、消防隊が火災現場に到着し得ず、早期適切な消火活動が困難な場合のあることその他諸々の問題点が把握でき防火体制の検討・改善が十分可能であった。しかるに被告は、各防災設備の仕様、機能といったいわば固定的、静的な防災体制に重きを置き、現実に発生し、拡大する生きた火災及び流動的な交通状況を勘案した動的・有機的な防災訓練を行っていなかった。被告の行っていた訓練をみると、鈴鹿トンネル、ホランドトンネル等の事態は、全く考慮していないように窺えるのである。被告の防災訓練、防災計画の不十分、不徹底は、防災設備管理における極めて重大な瑕疵である。
6 損害
(一) 車両損害
(1) 車両の焼失
原告ナカミセ食品株式会社(以下「原告ナカミセ食品」という。)を除く原告らは、それぞれ、別紙損害車両明細表記載の各車両を所有ないし保有しており、それらは、本件事故によって焼失した。
(2) 所有権留保売買
原告のうち別紙車両残代金支払表記載の者は、各車両の購入に際し、その各購入代金を割賦で弁済することとし、その弁済猶予期間中当該車両の所有権は売主に留保する旨約した。そして、本件火災による類焼の前後、右各原告らは当該各車両に対する残割賦金を車両残代金支払表のとおり全て弁済した。類焼前に割賦金の弁済を完了していた原告については、当該車両の実質的所有者と解されるので、当該原告は、被告に対し、直接に車両の市場価格相当の損害賠償請求権を取得する。
仮に、そうでないとしても、右原告は代金完済により車両登録名義変更、所有権取得の期待権を有していたのであるから、同様の損害賠償請求権を有する。即ち、類焼後に弁済がなされた場合、換言すれば類焼当時割賦金債務が残存した場合には、車両の所有者は、被告の当該車両毀滅の不法行為につき車両の市場価格相当の損害賠償請求権を取得するが、他方弁済完了前の原告らは、右毀滅にかかわらず所有者に対し売買代金の支払義務を免れず、代金完済のときにはその所有権を取得し得る旨の期待権を有する。そして、右が現実化したときには、買主である原告らは、被告に対し、民法第五三六条第二項但し書及び第三〇四条の類推適用により、売主が右車両の変型物として取得した被告に対する損害賠償請求権及びこれについての不法行為の日からの民法所定の遅延損害金を当然に取得するものである。
(3) 車両の価格
原告ナカミセ食品を除く原告らの所有ないし保有していた車両の車名、形式、年式、登録番号等は、別紙損害車両明細表記載のとおりであるところ、その各価格は、当該車両と同種、同等、同形式の車両の市場価格と考えるべきであって、具体的には、別紙損害車両明細表価格欄記載のとおりである。中古自動車の市場価格については、「中古車価格ガイドブック」(財団法人自動車査定協会発行、通称シルバーブックと呼ばれている。)の価格に基づくものであるが、損害車両の年式(登録)が本件事故の直近で右シルバーブックに中古車価格の記載がなされていない場合には、当該車両の所得価格によっている。
(二) 積荷損害
原告らは、本件事故当時、それぞれ走行する車両にその所有に係る別紙積荷等損害明細表記載の積荷を積載していたが、本件事故により焼失したため、右明細表の損害額欄記載のとおりの損害を被った。
(三) 弁護士費用
原告らは、本件訴訟の提起と追行を原告ら訴訟代理人弁護士に委任し、別紙請求金額一覧表の弁護士費用欄記載のとおり、それぞれ弁護士費用を支払うことを約し、右と同額の損害を被った。
(四) 合計損害額
よって、原告らの本件事故による損害は、別紙請求金額一覧表該当原告合計金額欄記載のとおりである。
7 結論
よって、原告らは、被告に対し、国家賠償法二条二項に基づき、別紙請求金額一覧表該当原告合計金額欄記載の各金員及び右に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五四年七月一二日以降支払済に至るまで、それぞれ民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否<省略>
三 被告の主張
1 本件事故の概要
(一) 本件事故の火災原因の推定
本件事故の火災は、第一事故に関係した大型貨物自動車に積載された松脂、プラスチック等の大量の可燃性物質に引火して、それらが燃焼したため、摂氏八〇〇度ないし一〇〇〇度と推定される高温・高熱が発生し、その火勢が午後七時ごろピークに達した。その結果、第一事故現場付近の防災設備を結ぶ電気配線が故障し、水噴霧装置も正常に作動しなくなり、右現場から約七〇メートル離れて停車していた後続車両に延焼し、その後一時間あたり約一五〇メートル位の速度で後続車両に順次延焼し、火災発生後約一〇時間で本件トンネル内の約一〇〇〇メートルに及ぶ範囲に延焼したと推定されるのである。
(二) 被告の対応
(1) 管制室
昭和五四年七月一一日午後六時三九分に、小山助役が、通行者から本件トンネル西坑口からトンネル内五五九メートルの地点に設置してあった九番の非常電話を通じて、大型貨物自動車がトンネル内で事故を起こして火災が発生している旨の通報を受けた。そこで、梅田係員は、直ちに当該区間を担当する静岡消防に対し、右の通話内容を通報して出動を依頼した。また、同消防への通報中に、通行者から本件トンネル西坑口からトンネル外一七九メートルの地点に設置してあった一六九番の非常電話を通じて、本件トンネル内で大型貨物自動車が乗用車と追突して燃えている旨の通報を受け、コントロール室からもITVにより火災を確認した旨の通報を受けたので、その内容も同消防に通報した。
梅田係員は、同四八分、事故発生の通報を受け、直ちに本件トンネルに向かって出動した巡回車静岡二号の森竹隊員から本件トンネル東坑口手前約二キロメートル付近から渋滞中である旨の連絡を受けたので、同五〇分、静岡消防に出動状況を確認したところ、消防車が東名高速道路の下り線の本線上を一台、側道を二台それぞれ事故現場に向かっているとのことであり、同五一分、静岡料金所から静岡消防の消防車が高速道路に流入した旨の通報があった。
巡回車静岡二号の森竹隊員及び永関隊員は、本件可変標示板に「進入禁止」「火災」の表示が出ているのを確認し、本件トンネル内に進入したが、本件トンネル内は停滞している車両で混雑しており、本件トンネル東坑口から約五三〇メートル以西への進入が不可能となったので、その場に停車して停車車両を本件トンネル外に誘導することとし、同五三分、本件トンネル内の非常電話四番を使用して、その旨を管制室に連絡した。右の通報を受けた梅田係員は、静岡消防が第一事故現場に近づくのは困難であると考え、同五六分ごろ、焼津消防に連絡して右の事情を話して出動を懇願し、種々の折衝を行った結果、同消防は東名高速道路の下り線を逆行して第一事故現場に向かいたい旨の希望を述べたので、当時牧之原サービスエリア付近を第一事故現場に向かっていた被告の巡回車静岡三号に対し、焼津インターチェンジで待機して焼津消防の消防車を先導するよう指示した。同日午後七時二七分、焼津インターチェンジに着いた焼津消防の消防車を先導し、東名高速道路上り線を通行して、同四一分、本件トンネル西坑口から西方三六〇メートルにある上下線の開口部(以下「焼津側開口部」という。)に着いた。焼津消防の消防車は、右開口部から下り線に入り、本件トンネル西坑口からトンネル内に進入して消火活動に入った。
(2) コントロール室
同日午後六時三九分、本件トンネル内に設置してあった火災感知器が火災を感知し、コントロール室のグラフィックパネルのベルが鳴って、本件トンネル西坑口からトンネル内五〇〇メートルの範囲(本件トンネルを四分し、最も西坑口に近い四分の一の範囲)に設置されていた火災感知器からの通報であることを表示する火災表示ランプが点滅を始めた。そこで、白石係員は、直ちにITVを操作して確認作業を行ったところ、本件トンネル西坑口からトンネル内五九六メートルの地点に設置してあった九番カメラで火災を視認したので、井上係員に対し本件可変標示板に「進入禁止」「火災」の表示を出すように指示するとともに、その旨を専用電話で管制室に通報した。井上係員は、直ちに本件可変標示板及び上り線用のトンネルの入口部の可変標示板に「進入禁止」「火災」を表示させる操作をした。それから、白石係員は、消火ポンプの鎖錠を開放し、井上係員に水噴霧装置の西側鎖錠を開放するように指示し、可変標示板の表示灯及び水噴霧放水表示灯の点灯とITVの映像による放水の確認をし、更に、東西両換気塔の送風機を逆転させ、トンネル内の照明を全灯にした。これら一連の操作は、同四三分ころ終了したが、同日午後七時ころ、コントロール室の機器が異常を示し、モニターの映像が消えてしまった。
ところで、火災事故が発生した場合は、換気塔の防災盤の方がコントロール室のグラフィックパネルより詳しい火点が判るうえ、火災事故による防災設備等の被害状況を確認する必要があるため、コントロール室の係員が火災現場に近い方の換気塔に行く業務の扱いとなっていた。このため、コントロール室の杉山係員は、同日午後六時五〇分ころ、コントロール室でITVモニターを注視していた静岡管理事務所の原田博介所長(以下「原田所長」という。)にその旨を告げて、依田係員とともに西換気塔へ向けて巡回車静岡三六号で出発した。杉山係員は、同日午後七時一五分ころ、一般道を経由して西換気塔に着き、同換気塔から黒煙が出ていたことから換気設備が正常なのを確認したが、西換気塔内の防災盤の火災表示が異常であり、消火ポンプも停止を示し、防災関係の電源が切れていることが判ったので、東換気塔そばのポンプ室に行き手動操作で消火ポンプを再起動させる必要があると判断し、その旨をコントロール室に報告した後、東換気塔に向かい、同四五分ころにポンプ室に着いた。杉山係員は、ポンプ室に入ったところ、消火ポンプが止まっていたので直ちに手動操作にスイッチを切り替えて再起動させた後、主水槽をのぞいて水位が半分であることを確認したが、水が不足すると判断し、東換気塔付近で待機していた消防隊に対し、貯水槽の水補給を依頼した。しかし、約二〇分経過した後の同日午後八時五分ころ、渇水のため再び消火ポンプが停止したので、杉山係員は、直ちにその旨をコントロール室と西換気塔に連絡し、その後は消防隊の給水作業に協力した。
依田係員は、西換気塔に残り、日本坂上り線の西坑口付近に停滞した車両を西口開口部を開放して流出させる等の交通整理をした。
(3) 本件トンネル東坑口
前述のように、巡回車静岡二号の森竹隊員は、同日午後六時四〇分、管制室から火災発生の通報を受け、直ちに右静岡二号で、永関隊員とともに火災現場に向かって出動した。森竹隊員らは、本件トンネル東坑口から本件トンネル内に進入し、停滞している車両の間を東坑口からトンネル内に約五三〇メートル前進したが、車両の混雑のため、それ以上の進行が不可能となったので、下車して警察官と共同で本件トンネル内の東坑口近くに停車している車両をトンネル外に退避させるための誘導作業をしたが、トンネル内に煙が充満してきたので、右静岡二号を放置してトンネル外に脱出した。その後、森竹隊員は、本件トンネル東坑口に来ていた静岡管理事務所の中村助役らとともに、本件トンネル内に車両を放置して退避した運転者らに対し危険物積載の有無等の調査を行い、永関隊員は、静岡開口部を開け、警察官及び被告の職員らとともに右開口部から本件トンネル内にかけて停滞していた車両のうち約二〇〇台を翌一二日午前零時ころまでに上り線を経由して避難させた。
(4) 災害対策本部の設置
静岡管理事務所では、被告の災害時の対策として、現地の管理事務所長を本部長とする現地災害対策本部を設置し、事故に対応することとするマニュアルが定められていた。
本件事故発生に際して、昭和五四年七月一一日午後六時四〇分ころ、モニターで本件トンネルの交通が混雑している状況を確認した原田所長は、直ちに同所長とともにコントロール室に赴いていた交通管理担当の中村助役を本件トンネルの東坑口に派遣して交通整理をするように指示し、同日六時五〇分ころには勤務明けでコントロール室に残留していた杉山係員及び依田係員に西換気塔に行き、同所にある火災受信盤の操作をすることを指示した。その後、原田所長は、事故の重大性を認識し、全所員の招集を指示し、現地対策本部を設置し、その後コントロール室の防災機器の不全、ITVモニターの画面の消失という事態となったので、現地に赴く必要があると考え、東京第一管理局の相原補修第二課長に電話して事態を報告し、応援を依頼するとともに、同日午後七時一〇分ころ、永吉係員の運転する維持作業車で東名高速道路下り線で現地に向かったが、用宗高架橋付近で前方に進めないことが判明したので、そこでUターンし、一旦静岡インターチェンジまで戻ったうえ、一般国道一五〇号を通って本件トンネルの西坑口から約七〇〇メートルにある日本坂パーキングエリアから本線に駆け上がり、永吉係員とともに西坑口に向かい、同日午後八時ころから消防活動中の焼津消防の署長や高速警察隊の幹部に、消火活動に協力する旨伝え、各機関から要請された死体を運搬する毛布や焼失車両を搬送するためのレッカー車の手配を管理事務所を経由して手配する等した。その後、原田所長は、上り線を走り、本件トンネルの東坑口にも赴き、先に派遣した中村助役とともにトンネル内外に停留する車両の退避や危険物の積載の調査等を指揮した。加えて、翌一二日になって、静岡・焼津消防、静岡高速警察隊及び被告の四者で現地対策本部を設置し、事故処理に当たったのである。
2 トンネル防災設備とその瑕疵
(一) 消防法上の規制
トンネルは、消防法一七条に定める防火対象物に該当しないので(消防法施行令六条、別表第一)、トンネルの設置者である被告は、消防の用に供する設備、消防用水及び消火活動上必要な施設を設置し、維持すべき消防法上の義務を負担するものではない。また、消防に必要な水利施設に関しても、市町村が設置、維持、管理するものとされており(消防法二〇条二項)、トンネルの設置者である被告が水利施設を設置し、維持すべき義務を負担するものではない。したがって、消防法上、トンネルの設置者は、特別の立場に立つものではなく、火災を発見したときの消防機関に対する通報義務(同法二四条)、火災発生時において消防隊が現場に到着するまでの間における応急消火等の義務(同法二五条一項、二項)及び消防吏員等の情報提供の求めに応ずる義務(同法二五条三項)を負うに過ぎず、消防法上、特別の規制は受けておらず、トンネル内の自動車の火災についても、消防隊が消火を担当することとされているのである(消防組織法六条、消防法二四条以下)。
(二) 道路法上の規制
道路法は、道路の構造は、当該道路の存する地域の地形、地質、気象その他の状況及び当該道路の交通状況を考慮し、通常の衝撃に対して安全なものであるとともに、安全かつ円滑な交通を確保することができるものでなければならないとして(道路法二九条)、抽象的に道路管理者に安全かつ円滑な交通の確保義務を負担させているが、道路の建設に際しての道路の構造の技術的基準は政令で定めることとされている(同法三〇条)。
(三) 行政上の規制
しかして、日本坂トンネル建設当時(昭和四一年三月着工、同四三年四月竣工)の政令(昭和三二年八月一日政令二四四号道路構造令)には、トンネルに防災設備を設置しなければならない旨の定めはなかった。また、同令には、高速自動車国道についての規定がなかったため、建設省は、昭和三八年七月二〇日、道路局長通達「高速自動車国道等の構造基準」を発し、行政上の指針としており、東名高速道路は、この構造基準によって建設されたものであるが、この基準にもトンネルの防災設備についての定めはなかった。なお、当時トンネルに関する一般的な技術基準として、昭和三七年三月建設省道路局長通達「道路技術基準(トンネル編)」があったが、右基準は、トンネルの調査、設計、施工、換気及び照明についての一般的標準を定めたものであって、防災設備についてはなんらの定めもなかった。その後、昭和四二年三月に発生した鈴鹿トンネル事故を契機として、トンネル防災設備の必要性が唱えられるようになり、建設省は、同年四月一四日局長通達(以下「昭和四二年局長通達」という。)を発したが、これが行政上の指針としては最初のものであった。
そして、建設省道路企画課長は、その後の同年八月四日課長通達(以下「昭和四二年課長通達」という。)を、翌四三年一二月一七日「道路トンネルにおける非常用施設(警報装置)の標準仕様について」と題する通達(以下「昭和四三年課長通達」という。)を、建設省は、昭和四九年一一月二九日都市局長・道路局長通達「道路トンネル技術基準及び自転車道等の設置基準(一部改正)について」(以下「昭和四九年局長通達」という。)をそれぞれ発したが、それらの内容の大要は、別紙日本坂トンネル防災設備及び国の基準比較表(以下「別紙比較表」という。)該当欄記載のとおりである。
(四) 被告の防災設備設置基準
被告は、わが国では初めて本格的な高速自動車国道である名神高速道路の建設以来、国内及び外国のトンネル内の車両火災例等を参考にして、トンネル防災設備のあり方について調査・研究を重ねるとともに、財団法人高速道路調査会(以下「高速道路調査会」という。)にトンネル防災設備計画の研究を委託し、高速道路調査会は、道路技術研究部会の道路施設研究小委員会トンネル分科会に右の研究のため、学識経験者で構成する専門委員会を設けて研究を行い、昭和四〇年八月、その研究結果を被告に報告した。
被告は、自らあるいは高速道路調査会の研究成果に基づいて、その設置するトンネルに防災設備を設置してきたのであるが、前述の昭和四二年局長通達が発せられたのに伴い、右通達よりさらに水準の高い「トンネル防災設備設置基準(暫定)」(以下「被告の暫定基準」という。)を定め、高速道路のトンネル建設の指針とした。
(五) トンネル防災設備のあり方
前述の消防法及び道路法による法令上の規制並びに行政上の規制からすれば、トンネルの設置者である被告に課せられた義務は、道路の安全かつ円滑な交通の確保にあるのであって、消防活動を主体的に行う立場にはなく、また、そもそも道路トンネルの防災においては、基本的にひとり道路管理者によってのみその安全性が確保されるというものではなく、道路利用者、道路管理者、警察・消防各機関が一体となって運用されるべきことを前提としている。
ところで、トンネル内で車両火災が発生した場合、他の通行車両に及ぼす危険が大きく、また、火災によるトンネルの被害が拡大し、災害復旧に長期間を要することとなれば円滑な交通に支障をきたすこととなる。そこで、トンネルの設置者に要請される防災設備は、人命の安全確保を最優先にすること及び火災による車両、トンネル本体等の被害を最小限とすることを目的として設置すべきであるが、トンネル設置者としての前記の立場からいって、その防災設備は、①火災の早期発見及び早期通報を図ること(火災報知器、手動通報機、非常電話等)、②後続車両のトンネル内への進入を阻止すること(可変標示板等)、③煙等によって避難、救助、消火活動が妨げられないような環境を確保すること(換気設備、避難通路等)、④事故当事者が初期消火活動を行えるようにすること(消火器、消火栓等)を基本とするものであることは当然である。
即ち、消火設備においては、トンネル内での火災の発生は多種多様であり、想定しうる大規模な火災をも対象とすると、設備の設置は技術的にも困難であるのみならず、トンネル内通行者の避難を難しくすることになるし、膨大な費用がかかるため現実的ではないことを勘案すると、発生初期の火勢の弱い火災に対しては、運転者等による初期消火活動が有効であるので、いちはやく消火活動のなしうる運転者等が容易に使用できることを考慮した仕様の消火器・消火栓を設置しているのであり、また、不幸にして初期消火がうまくいかず火災が拡大した場合には、人命を救助するための避難設備や避難環境を保持するための設備を設けるべきである。
前述の行政上の規制もこのような技術思想に基づいて定められているものであって、この思想は諸外国でも採用されているところであり、社会的に是認されるところである。もっとも、前述の行政上の規制及び被告の防災設備設置基準等は、トンネルにもその設置位置の地勢条件や交通状況によって差異があるから、防災設備を一律に律することができず、当然のこととして、各々の状況に応じて修正することを予定しているものであって、規制的性格を持つものではなく、あくまで指針に過ぎないものというべきである。
(六) 防災設備設置基準の改訂と防災設備
被告のトンネル防災設備は、昭和三二年当時国が建設した関門トンネルに設置された防災設備と基本的な内容については大きく変わっていないが、火災感知器、消火栓、水噴霧装置の自動弁、放送設備等の設備機器等については、より精度が高く、より信頼のおけるものへと進歩している。被告としても、これらの技術の進歩を踏まえて、防災設備の信頼性をより高めるため、可能な限り設備の改良を実施しているところであるが、多数のトンネルを管理しているうえ、防災設備の改良には多額の費用の支弁を必要とするから、基本的には、設備の老朽化に伴う更新と併せて、改良を実施していく方針であった。これは、被告の管理するトンネル延長が二六四キロメートル(昭和六三年七月現在)にも達しており、それに伴うトンネルの維持費も年間約二五〇億円を要していることからも明らかなように、設備の更新、維持には膨大な費用を要することや、工事に起因する交通規制等によって交通が阻害され、公益性が損なわれることを考慮すると、自ずと限界があるからである。したがって、技術の進歩に対応して、その都度更新しなかったからといって、道路が通常有すべき安全性を欠いているとは到底いえないのである。また、同様に設置基準等の行政上の指針が改訂されたからといって、指針の性格上、その都度直ちに更新しなければならないものではない。
そして、新たに開発された安全設備を設置しなかったことをもって当該設備が通常有すべき安全性を欠くか否かを判断するに当たっては、その安全設備が、安全対策に有効なものとして、その素材、形状及び設置方法等において相当程度標準化されて全国的ないし当該地域に普及しているかどうか、当該設備における構造等から予測される事故の発生の危険性の程度、右事故を未然に防止するため右安全設備を設置する必要性の程度及び右安全設備の設置の困難性の有無等の諸般の事情を総合考慮することを要するものと解すべきである。
(七) 本件トンネルの防災設備
日本坂トンネルの建設においては、土木工事が、昭和四一年三月着工され、昭和四三年四月に竣工し、防災設備工事が昭和四三年五月から昭和四四年一月にかけて行われたものである。しかして、右防災設備は、その基本設計時(昭和四一年三月)には、昭和四二年課長通達が参酌されなかったが、詳細設計時(昭和四三年二月)には、昭和四二年局長通達及び昭和四二年課長通達が参酌され、被告の暫定基準に依拠して設置されたものであるが、この防災設備と前述の各通達に定める設備の内容及び仕様を対比すると、別紙比較表のとおりである。
このように、日本坂トンネルには、当時としては極めて高い水準の防災設備が施されており、その水準は、昭和四九年一一月までに発せられた各行政通達の水準をいずれも超えていたものであった。
(八) 本件トンネルの設置・管理瑕疵の不存在
本件トンネルに設置した防災設備及びその管理体制は、前述の法令上の規制、行政上の規制及び被告の防災設備設置基準等の基準をいずれも充足しており(詳細は後述のとおり。)、本件事故当時社会的に要請された水準を超えているのであるから、本件トンネルの設置・管理には瑕疵がない。
なお、仮に、本件トンネルに設置した防災設備が本件事故当時の前記規制及び設置基準等に合致していなかったとしても、前記規制及び設置基準等が改定された都度、その基準等に合致するよう防災設備の改善等をするについては当然社会的、技術的、財産的制約を受けざるを得ないところであるから、この一事をもって、本件トンネルの設置・管理に瑕疵があるとはいえない。
3 予見可能性
(一) 交通量
(1) 東名高速道路が全線供用開始した昭和四四年から本件事故のあった昭和五四年までの年度別の通行台数は、別表(一)のとおりであるが、東京第一管理局が所管する東京インターチェンジから三ヶ日インターチェンジまでの区間における一日当たりの平均交通量を昭和四五年から昭和五四年までについてみると、別表(二)のとおりであって、同表によると本件トンネルの所在する静岡インターチェンジと焼津インターチェンジ間においては、供用開始時から昭和四八年までは著しい増加傾向にあったが、同年からはその傾向は弱まり、ほぼ横ばいの状況にあったといえるのである。原告らは、昭和五四年当時においては、設計交通容量を突破して、過密な交通量であり、しかも大型車の通行が多く危険性が高まったと主張するが、東名高速道路の静岡インターチェンジと焼津インターチェンジとの間は、四車線で設計速度毎時一〇〇キロメートル、可能交通容量一時間当たり三、一〇〇台(これを一日当たり交通量に換算すると、六万三、〇〇〇台となる。)である。原告らの主張する一日当たり四万八、〇〇〇台は、通年で渋滞なく、定常走行が可能となる交通容量であって、この数値を超えたからといって、高速道路としての機能を失うものではない。
(2) 東名高速道路全線における車種別平均交通量を昭和四七年度から昭和五四年までについてみると、別表(三)のとおりであって、大型車の通行は、微増の傾向にあるものの、それほど増加しているわけではない。
(二) 事故件数・事故率
東名高速道路の東京インターチェンジから三ヶ日インターチェンジ間における本線上の事故件数を昭和四五年から同五四年までについてみると、別表(四)のとおりであって、昭和四五年に二、五七九件発生し、その後漸増して同四八年に三、四四七件に達したのをピークとして、その後は減少し、同四九年以降は概ね二、七〇〇件前後で横ばいの状況を示している。また、同区間の事故率は、別表(五)のとおりであって、昭和四五年に比べると同五四年には半減している。更に、同区間に設置されたトンネル内における事故件数及び事故率は、別表(八)及び(九)のとおりであって、昭和四七年から同五四年までの間に増加していないし、事故率は著しい減少傾向にある。
(三) 東名高速道路における車両火災
前記の事故件数のうち、車両火災事故の件数及び原因は、別表(六)及び同(七)のとおりであり、昭和四五年から昭和五四年にかけて年平均三三件である。そのうち追突事故等による車両相互の事故による火災は、昭和四五年から昭和五四年までの間の合計で八件であり、その数は極めて少ない。また、昭和三一年から本件事故までの間に被告が管理する全高速道路のトンネル内で発生した火災は二四件であり、そのうち東名高速道路のトンネル内で発生したものは六件である。更に、トンネル内車両火災の出火原因についてみると、その多くは車両の整備不良によるエンジン、マフラーの過熱等によるもので、事故等によるものは四件であり、そのうち東名高速道路のトンネル内のものは一件であって、事故車両以外の車両に延焼した事例は全然なかった。また、高速道路トンネル内における火災事故の発生率は、統計上0.4ないし0.5件/億台キロメートル(車両一台が一億キロメートル走行した場合に換算して計算した事故の発生件数)であり、著しく低いものである。
(四) 危険物積載車両の通行について
わが国において、危険物等を積載する車両の通行を規制しているのは、水底トンネル及び水底トンネルに類するトンネル(水際にあるトンネルで当該トンネルの路面の高さが水面の高さ以下のもの又は長さ五、〇〇〇メートル以上のトンネル)だけであって(道路法四六条三項、道路法施行規則四条の六)、日本坂トンネルについては、なんら規制はなく、道路管理者としては、積載物の種類を予測すべくもないのであり、他方、危険物の積載車両については、車両構造、積載方法、運搬方法、消火器の備付け等の規制(道路運送車両の保安基準、昭和二六年七月二八日運輸省令)によって安全を図るべきものとされており、危険物の積載車両の通行が道路交通の危険の可能性を高めているというものではない。
(五) 結論
以上のように、東名高速道路における車両火災の数は極めて少なく、その火災の規模も車両単独による軽微なものが多く、本件のように高速道路のトンネル内で大型貨物自動車四台を含む六台の車両が追突事故を起こし、これによって車両火災が発生し、大型貨物自動車に積載していた多量の可燃性物質が燃焼して高温・高熱を発した結果、後続車両に延焼するといった火災は、極めて稀有な例であり、道路管理者である被告にとって予見不可能なものであったのである。
4 本件トンネルの瑕疵
(一) 通報
(1) 通報体制
前述のように、トンネルを含む道路管理者は、消防活動については、格別特別の地位を有しないのであって、消防活動を担当する消防機関に協力し、求めに応じて情報を提供する立場にあった。一方、高速道路の安全な交通を確保する責任を負う被告としては、一定の距離区間の道路の情報を一元的に集中し、通行車両の運転者らにその情報を提供することにより交通の安全を図ることは、合理的な仕組みであったのである。
このような見地から、東京、三ケ日間の道路に関する情報を警察官も常駐する管制室に集中し、その得られた情報により、消防活動を担当することを協定で定められた消防機関に通報することにし、本件においても、静岡市と焼津市の協定に従って、本件トンネルのある静岡・焼津両インターチェンジ間の下り線についてこの区間を担当する静岡消防に通報したことは当然の措置であったのである。前記協定附属の覚書(第三条)には、「事故の状況により相互に応援しあうもの」とあるが、右覚書は、静岡市及び焼津市両消防間で合意されたものであって、その性質上その応援の必要性は、消防活動を担当する各消防機関が判断すべきことであることは明らかである。
(2) 現実にされた通報
前述のように、管制室の梅田係員は、午後六時三九分、同室の小山助役が非常電話九番からの車両追突による火災発生の通報を受け、その通報内容を反唱しているのを聞き、即座に静岡消防に火災発生を通報し、さらに、コントロール室からITVによる火災発生の確認の通報及び西坑口外の一六九番非常電話からの通報内容を静岡消防へ通報し、適切な消火活動を要請したのである。また、同五六分ころ、前述の巡回車静岡二号の森竹隊員の報告に基づき、静岡消防の消防車の火災現場への進入が不可能と判断して、焼津消防へ出動を「懇願」したもので、「現実にされた通報」についてもなんら瑕疵はない。
(二) ITVカメラ
本件トンネルのITVには瑕疵がなく、また、原告らの主張するようなカメラを設置していたとしても、後続車両への延焼は、避けることができなかったのである。
(1) 本件トンネル内のITVカメラの機能
本件トンネル内に設置していたテレビカメラ(東芝TL―4B)は、全シリコントランジスタを使用した自動化され、かつ、低照度用として設計されたもので、設置当時においては、最新のものであって、その仕様の主要なものは、つぎのとおりである。
① 被写体照度 標準一〇ルクスー一〇〇、〇〇〇ルクス
② 自動感度調整 一、〇〇〇対一以上(照度比)
③ 走査方式 ランダムインターレースまたはインターレース
④ 走査周波数 水平15.750C/S
または15.625C/S
垂直五〇/六〇C/S電源同期
または非同期
⑤ 水平解像力 低照度用のとき四〇〇本以上
高照度用のとき五〇〇本以上
⑥ 使用レンズ 焦点距離五〇mmF1.4
そして、カメラの映像能力は、二〇〇メートル先までの火災を確認することができる放映能力を有していた。
(2) 本件カメラの設置位置
① 間隔
ITVの設置の目的は、交通流を監視するとともに、火災感知器や手動通報機からの情報を受けたときに、コントロール室で遠隔操作できる防災機器を作動させるために火災を確認することにあるのであって、精密な火点の位置を確認するものではない(水噴霧装置は、火災感知器と位置的に連動している。)。この役割上は、カメラの設置間隔が長すぎるということはない。なお、火点の位置についても映像の大きさから大凡の判断が可能なのである。
② 走行車線の設置・運行方向の反対方向の撮影
本件トンネル内の道路の幅員は、両車線合わせて7.2メートルであり、ITVの前述の設置目的上、追越車線側からのカメラだけで十分である。また、車両の進行方向と反対方向を撮影できるカメラを設置したり、あるいは反転機能を付加すれば視野は拡大することもあるが、もともと、視認性には限界がある(車両の前照燈の照明のため、この方向のカメラによってモニターテレビの映像が識別不能になる。)以上、交通流の監視や火災の確認を超えた詳細な情報が期待できるかどうか疑問であり、むしろ、火災の早期確認という見地からみると、カメラの増設や付加機能に伴う操作確認時間の増加というデメリットが生じる。ITV設置の目的とカメラ増設に伴う保守点検時間の増加による交通の阻害や、その効果との対比さるべき経済性を考慮すれば、現行の設備で十分である。
③ ITVカメラの設置位置の高さ、カメラの設置位置は、半横流式換気方式の本件トンネル内部では、建築限界ぎりぎりの高さに設けられたものであり、大型車がカメラの前方や火点の直後に停車すると、視界が多少遮られるが、火災により発生する煙によって火災の確認ができないということはない。
④ 本件トンネル内に火災による煙が充満すると、カメラの視界が遮られることとなるが、火災を確認した以上、ITVの役割は果たしているのであって、カメラの数を増加させても、この事情に変わりはないのである。
(3) ITVカメラの設置個数の不足等と結果の因果関係
① 静岡消防への通報
被告の管制室では、従前から非常電話からの火災の通報があれば、直ちに所轄の消防本部へ通報するマニュアルであり、これをコントロール室に通報し、ITVによる確認をした後消防本部に出動要請をするようなことはない。
本件においても、午後六時三九分に本件トンネル内の非常電話九番からの火災発生の通報を受けた管制室では、梅田係員が直ちに静岡消防に通報し、出動を要請したのであり、その通報中にコントロール室によりITVで確認したうえでの火災発生の連絡を受け、このことも静岡消防に通報した。
② 火災感知器の作動及び管制室への通報
コントロール室のグラフィックパネルに本件トンネル西坑口から五〇〇メートルの区域内にある火災感知器が火災を感知したのは、午後六時三九分であり、同室に勤務していた白石係員は、直ちにITVを作動させて火災を確認し、管制室に通報したのであって、その通報は管制室から静岡消防への通報中にされているのである。
また、白石係員は、防災機器の機能が停止したことを管制室に連絡するまでの間に少なくとも一回は管制室と電話連絡している。
③ 梅田係員の焼津消防への出動要請
梅田係員は、午後六時五六分、焼津消防に出動を要請したが、それは、現場に急行した被告のパトロールカー静岡二号からの本件トンネル東坑口から五三〇メートル以西への進入が不可能であるとの報告を聞き、静岡消防の消防車が火災現場に到達できないと判断したからである。そして、焼津消防がこの要請に応じなかったのは、前述の覚書が存在したからであって、梅田係員の状況把握が不充分であったからではない。
④ 時間的関係
消防車の出動時から火災現場への到達までの時間が二六分であったとしても、午後七時ころ追突現場は、防災機器の機能を失うような高熱を発する火災状況になって、後続車両への延焼が始まったのであるから、午後六時四二分ごろに、焼津消防へ通報したとしても、後続車両への延焼は免れなかったのである。
(4) ITVの改修
被告がITVを余熱式とし、そのカメラと火災を感知した箇所の火災感知器が連動する方式を一般に採用することとしたのは、本件事故直前に策定した追加設計要領(昭和五四年六月八日)によってである。もっとも、余熱式ITVは、昭和五〇年頃開発されたようであるが、実用試験を経て、被告も採用することとしたのである。
被告は、近年著しい技術の進歩に応じ、防災設備の信頼性を高めるため、可能な限り設備の改良を実施しているところであるが、多数のトンネルを管理しているため、防災設備の改良には多額の費用とその改良工事のため通行止め等の交通規制による公益性が害されることも考慮し、基本的には、従前の設備の耐用年数(概ね一〇〜一五年)が到来し、設備を更新する際、順次計画的に改良工事を実施する方針であった。
なるほど、本件事故当時のITVでは、モニターの受像までに二〇秒程度を要し、また、カメラを操作して火点を探すために、若干の時分を要することになり、余熱式を採用し、カメラと火災感知器とが連動する方式にしておれば、右時分が短縮されることにはなるが、その差異は、僅少であるし、その後係員がすべき可変標示板の点灯、ポンプ及び水噴霧装置鎖錠解の操作時分には差異はない。
前述のように、被告が余熱式ITVを設計要領に採用したのは、昭和五四年六月のことであって、被告のトンネルのうち、例外的に設置されていた箇所もあるが、普及している段階ではない。また、本件トンネル内の年間事故件数は八ないし三四件程度であり、開通以来の本件事故までの間の火災事故は皆無であったことと、一日の交通量が、二五、〇〇〇台を超えるため改修工事の際は交通規制により公益性が阻害されること等を考え合わせると、ITV装置を改修しなかったことをもって瑕疵があるとはいえない。
(三) 水噴霧装置
(1) 本件火点付近の水噴霧装置は現実に作動した。
(2) 水噴霧装置の作動については、火災感知器や手動通報機による火災の情報を受けたコントロール室職員がITVによって火災を確認してから、加圧ポンプ及び自動弁の各鎖錠を解いて行うシステムを採用していたが、これは、水噴霧装置が放水されると、車両の通行を著しく妨げることになるところ、火災感知器が車両の照明等によって誤作動することもあり、また、火災の状況によっては、水噴霧装置を作動させる必要がない事態もあるので、交通量の多い本件トンネルの設備としては、合理的なシステムである。
(3) 水噴霧装置の放水範囲は、原則として火災感知器が火災を感知した区画(三六個)と隣接する区画の二区画であるが、必要がある場合には、換気塔に設置された火災受信盤の手動操作により、任意に放水区画を選択できる仕組みとなっていたところ、本件事故においては、追突現場付近の異常な高熱の火災の発生により、遠方制御装置用のケーブルが損傷し、放水範囲の選択も不可能となったのである。
(四) 消火栓、消火器
(1) 消火栓の間隔及びホースの長さ
消火栓及び消火器は、運転者及び通行者に初期の段階における消火を目的として設置しているものであるから、道路管理者としては、その目的に適合する設備を提供することでその義務を尽くしていることになる。この観点からみると、四八メートルごとに三〇メートルのホースを常備した消火栓設備は、なんら瑕疵はないというべきである。
本件においては、追突車両の後続の運転者等が直近の三四番の消火栓を使用しないで、火点から約七〇メートルの離れた消火栓を使用したようであるが、消火栓の収納されている箱の上には、赤色灯が点燈しており、その存在は明らかであるから、利用者としては、最寄りの消火栓あるいは消火器を使用すべきであった。原告らの主張する橋本車の停車位置からみると、三四番の消火栓の使用が不可能な状態ではなかったことは、負傷した橋本運転者が下車できたことによっても明らかである。
(2) 消火栓の放水方法
消火栓は、格納庫上方の赤塗りのレバーを倒せば、起動釦を押さなくとも放水するシステムとなっていた。起動釦は、バックアップシステムとして、また自動弁の保守点検用に設けられたものである。
なお、原告大石らは、消火栓に掲示されていた赤塗りのレバーを倒すと水が出るとの指示があったにもかかわらず、レバーを倒さなかったため、放水しなかったのである。
(3) 消火栓の扉の開閉度
消火栓の扉には、ドアストッパーが付けられており、その開閉度は一三一度であったから、消火栓の扉を一杯に開けても消火器の扉が塞がれるということはなく、格納庫の上部には赤色灯が点燈していたのであるから、消火器の存在を見失うようなことはない。
(4) 消火ポンプ(加圧ポンプ)の再起動装置
被告は、消防法上消防用水を確保する義務を負わない道路管理者であるから、運転者等による初期消火のための給水設備を保持すべきであるとしても、初期消火の機会を逸したときは、消防機関に消防用水の確保を委ねれば足り、消防機関がその判断で消防用水を調達すべきであるから、加圧ポンプについて再起動装置がなかったからといって物的設備に瑕疵があったことにはならない。
(5) 給水栓
前述のように、消防機関用の給水栓は、本件トンネル東西両坑口に各一箇所設置されていたが、消防法上給水源を確保する義務を負担しない道路管理者としては、給水栓を設置する必要はないのであって、給水栓が両坑口にのみ設置されていたことが道路管理者の設置の瑕疵といえないことは明らかである。
なお、原告らは、消火栓の口径について、消防機関のホースの口径との差異を問題とするが、消火栓は、たびたび述べてきたように、運転者等の初期消火のために設けられたものであり、これらの素人が一人で容易にホースを持って利用できるような口径としたものであるが、当然消防隊も必要がある場合には、消火栓からの放水として勿論使用できるものである。
(五) 非常警報装置
(1) 可変標示板
本件トンネル東坑口から東京寄り五三五メートルの地点に本件可変標示板を設置したのは、小坂トンネルと日本坂トンネルの間には五五メートルしかなく、この間に設置しても通行車両は「進入禁止」の表示に従って日本坂トンネルの手前で停車することができないので、視認距離、制動距離に安全性を加味して進入禁止の表示をみた通行車両が小坂トンネルの手前で停車できるように、右地点に設置したものである。また、小坂トンネルの長さは二七〇メートルであり、見通しは良好であるので、通行者に本件可変標示板の記載が、小坂トンネルのみについての情報と誤解を与えることはない。
また、本件可変標示板には、赤色及び黄色の点滅燈及びサイレンが付置されていたが、サイレン吹鳴装置は、近隣の住民の騒音防止の要請によって、昭和五四年一月ごろから機能を停止していた。しかし、本件可変標示板の「進入禁止」「火災」の表示と同時に可変標示板上部の赤色灯が点滅しているのであるから、可変標示板の設置位置及びその規模からみて通行者が可変標示板を見落とすことはあり得ない。行政指針にも示されているように、視覚の外、聴覚に訴えるサイレン吹鳴装置を付置することが望ましいことは否定しないが、一方サイレン吹鳴(音源から二〇メートルの地点で九〇ホン以上、吹鳴時間三分)による付近住民の迷惑も考慮しなければならない本件トンネルについては、サイレン吹鳴装置の機能を停止していたからといって、設置の瑕疵と評価されるべきものではない。
なお、主要幹線の一部分であって、交通量の多い本件トンネルについて、火災感知器の誤作動等によって誤ったトンネル情報を提供することになると、交通の混乱、麻痺の影響は甚大となるので、被告は、ITVにより火災を確認し、可変標示板に表示するシステムを採用したが、後述するように、本件事故後に公安委員会が設置した坑口の信号機についても、警察官がITVモニターで火災を確認した後に赤色燈を点燈するシステムを採用したものである。このような方法によると、火災感知器の感知機能及びITVの操作のため、火災発生時から可変標示板の表示まで多少の時分を要することになるが、公共性の高い安全な交通流の確保という見地から、やむを得ないといわなければならない。
(2) 信号機
信号機の設置・運用は、公安委員会が行うものであるから、その設置がないことについて被告に責任を問うことはできない。
(3) ラジオ強制加入放送
本件トンネル内に再放送設備を設置しておいた方が望ましいとはいえるが、延焼事故による車両等の損害を負担しなければならないほどの瑕疵と評価さるべきではない。即ち、トンネル内再放送設備は、昭和五〇年の初めに実用化されたが、被告が採用したのは、昭和五四年六月の追加設計要領の時からである。トンネル内再放送設備の提供する情報の内容には限度がある上、ラジオを受信していない車両もあるので、トンネル内を走行中の車両に対する警告手段としては、本件トンネルで実施していた消火栓箱上の赤色灯の点滅や事故現場に急行した警察官及び被告の職員による誘導、指示等とその効果において大きな差異は期待できないものである。したがって、本件可変標示板の警告や消火栓箱上の赤色灯による警告を無視し、車間距離も十分にとらずに走行する後続車両が続々とトンネル内に進入した本件においては、割込放送を受信した車両の運転者が、これらの後続車を制して停車することにより、トンネル内に滞留する車両数を滅ずることができたとはいえず、結局再放送設備の不具備と延焼事故との間の因果関係はない。
(六) 防災訓練及び防災計画
(1) 被告は、本件トンネル供用開始後、毎年定期的に総合試験と水噴霧試験を行っている。総合試験は、火皿に入れた可燃物を燃焼させて、火災感知器を作動させ、本件可変標示板の点灯、加圧ポンプの起動、自動弁の開放、送風機の逆転等火災時のコントロール室でのマニュアルに従った一連の操作をして、正確に作動するかどうかを確認するものであり、水噴霧試験は、火災感知器を感知器テスターで照射し、火災感知器の感知機能を確認し、自動弁を開放し、さらに換気塔の火災受信盤を手動操作することにより、任意の水噴霧装置からの放水を確認することである。
これらの試験を行うに当たっては、通行止めを含むトンネル内の交通を規制しなければならず、交通流の確保の観点からみるとその実施は容易ではなかったなかで定期的に実施してきたのである。
消防機関や警察と一体となって行う防災訓練を実施することは、望ましいことではあるが、前述の被告発足後のトンネル内火災の実体と消防活動が消防機関に委ねられているという事情のため、実施されなかったものの、前述の道路管理者として保持すべき機器の保守、点検について十分に行っていたものであり、コントロール室の職員も専門職を配置しているのであって、防災訓練、防災計画には瑕疵はない。
(2) 本件事故に際しては、管制室の職員は、消防協定に従って静岡消防へ的確な通報を行い、現地に赴いたパトロールカーの情報によって静岡消防の消防自動車が下り線から出火地点に到達することが困難であると判断し、臨機応変の措置として焼津消防に出動を依頼したのであり、コントロール室勤務の職員も定められたマニュアルに従って的確に防災機器を作動させているのであるから、仮に、当時の防災訓練等に不足するところがあったとしても、そのための職員の行為と延焼事故との間に因果関係はないというべきである。
(七) 結論
以上のように、道路管理者である被告は、本件トンネルに、その責務上十分に合理的な設備と運用体制を保持しており、通常備えるべき安全性を確保していたのであるから、本件トンネルの設置・管理には瑕疵がない。
5 損害
原告らは、いずれもシルバーブックの記載に基づいて車両損害の算定をしているが、右記載は、流通できるように整備された中古車の販売価格であるから、この価格をもって被災した原告らの車両の再取得価格とすることはできない。
6 危険への接近ないしは過失相殺
原告ナカミセ食品代表者の弟橋ケ谷政次、同堂原勉及び同渥美仁一郎は、本件可変標示板の表示を見ながら本件トンネル内に進入したものであって、自ら危険への接近をしたものであり、自らの過失によって損害を受けたものと評価さるべきであって、損害賠償請求権が発生しないか、少なくともその損害については右の事情を斟酌さるべきである。
第三 証拠関係<省略>
理由
一本件事故の発生
昭和五四年七月一一日午後六時三五分ころ、本件トンネルにおいて、走行中の車両の追突事故が発生し(第一事故)、この事故に関係した車両が炎上し、その後、後続に停車していた車両に延焼し、右延焼火災は、数日間に及んで、遂に約一七〇台の車両が焼失するに至った(延焼事故)ことについては、当事者間に争いがない。
二本件トンネルの設置状況
1 東名高速道路は、東京都世田谷区を基点とし、神奈川県及び静岡県の両県を経て愛知県小牧市において名神高速道路と接続する全長346.7キロメートルの高速道路であり、昭和四三年四月二五日に部分的に供用が開始され、昭和四四年五月二六日に全線の供用が開始されたこと、日本坂トンネルは、東名高速道路の静岡インターチェンジと焼津インターチェンジとの間に昭和四四年に設置された上下線分離方式のトンネルであり、上り線用のトンネルは長さ二〇〇五メートル、本件トンネルは長さ二〇四五メートルであったこと、本件トンネルは、本件トンネル東坑口から進行するとしばらく上り勾配であり、途中から本件トンネル西坑口まで2.5パーセントの下り勾配になっていたこと、本件トンネル内の道路は、幅員各3.6メートルの走行車線及び追越車線の二車線並びに両側に設けられた幅員各0.75メートルの側帯から構成された幅員7.95メートルの道路であり、その通行に関して危険物積載禁止の通行規制がなかったこと、本件トンネル西坑口には、上り線と下り線とを結ぶ開口部があり、通常時は柵で遮断されていたことは、いずれも当事者間に争いがない。
2 そして、<書証番号略>、検証の結果及び弁論の全趣旨によると、日本坂トンネルは、昭和四一年三月ころにその建設工事が始まり、そのトンネルの本体工事がほぼ完成した昭和四三年ころから防災設備の工事が行われて、翌四四年二月に完成し、同年三月に供用が開始されたこと、本件トンネルの位置、横断及び縦断の構造は、それぞれ別紙図面1ないし4のとおりであったこと、静岡インターチェンジが東名高速道路一六二キロポスト(なお、キロポストとは、東名高速道路上の位置の表示であって、東京基点からの距離を示す。)付近にあったこと、同インターチェンジから焼津インターチェンジまでの間が約11.8キロメートルであったこと、東名高速道路下り線の右区間内には下り線小坂トンネル、本件トンネル及び日本坂パーキングエリアが設置されていたこと、静岡インターチェンジから下り線小坂トンネルの入口(以下「小坂トンネル東坑口」という。)までの間が約五三五〇メートルあったこと、同トンネルの長さが二六八メートルであったこと、同トンネルの出口(以下「小坂トンネル西坑口」という。)から本件トンネル東坑口までの間が約五七メートルであったこと、本件トンネル西坑口から焼津インターチェンジまでの間が約四〇八〇メートルであったこと、その間に日本坂パーキングエリアが設置されていたこと、本件トンネル内には、トンネル外の東名高速道路下り線に設置されているような路肩に相当するものはなかったこと、本件トンネルを含む静岡インターチェンジと焼津インターチェンジとの間の設計速度は時速一〇〇キローメートルであったこと、日本坂トンネルは、静岡市小坂字崩脇地内と焼津市大字野秋字鬼沢地内との間に設置されていたこと、本件トンネルには、別紙図面4のとおり東坑口から約六三三メートルの区間に上り勾配2.366パーセント、そこから西坑口までの約一四一二メートルの区間に下り勾配2.5パーセントの勾配が付されていたこと、右各勾配は道路の構造上の基準を定めた道路法三〇条による行政上の規制である高速自動車国道等の構造基準(昭和三八年七月二〇日建設省道路局長通達)一七条に規定する設計速度時速一〇〇メートルで三パーセント以下という縦断勾配の一般基準の範囲内であったこと、右基準は道路構造令(昭和四五年一〇月二九日政令三二〇号)二〇条に定められている縦断勾配の基準と同様であったこと、本件トンネルの前記各勾配は、縦断線形の設計手法上の数値であり、実際のトンネル内道路面の標高差から計算した実質上の平均勾配は上り勾配約0.6パーセントで下り勾配約1.6パーセントであったこと、本件トンネルの内部構造は、別紙図面3及び同5のとおりであって、コンクリートで巻き立て、不燃材である石綿セメント板で内装し、天井板も不燃材である軽量発泡コンクリートを使用した不燃構造となっていたことが、それぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。
三日本坂トンネルの防災設備及びその管理体制
1 防災設備
<書証番号略>及び弁論の全趣旨によると、被告が、本件事故当時、本件トンネル内における火災事故等に対応するため設置していた防災設備は、別紙図面5のとおりであることが認められこの認定に反する証拠はない。
(一) 火災感知器
被告が、本件トンネル内に設けていた火災感知器は、本件トンネル内で発生した火災を自動的に検出し、その位置をコントロール室に通報するためのものであること、火災感知器で感知された情報は、コントロール室の操作卓に表示され、ベルが鳴って知らされることになっていたことは、当事者間に争いがない。
そして、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によると、火災感知器は、本件トンネル内の両側壁面に一二メートル間隔で向い合わせにそれぞれ一七二個合計三四四個設置されていたこと、火災感知器は、能美防災工業株式会社(以下「能美工業」という。)のFDA23―SN(定輻射式)輻射形感知器で、火災が発生したときに火炎からの赤外域輻射エネルギーを自動的に感知するもので、電源定格交流二四ボルト、使用温度範囲摂氏零下一〇度ないし五〇度、監視範囲は受光部の正面より左右各々角度六〇度、幅六メートルかつ半径一〇メートルの範囲内であり、右監視範囲内において一メートル四方の火皿に四リットル以上のガソリンを入れて燃焼させた場合(ただし、燃焼時の風速は毎秒八メートル以下とする。)に相当する火災を三〇秒以内に発見する感度を有していたこと、しかしながら車両の下部で発火した場合のように火災が遮られた状態では感知しなかったこと、しかし、火災でなくとも、太陽光や白熱電球から発せられる光に火災感知器が反応することもあるため、トンネル出入口付近においては、太陽光等の影響により、誤作動ないし失報しないようにFDF23―SN(ちらつき式)輻射形感知器を設置していたことが認められる。
(二) 手動通報機
通報施設として手動通報機が設備されていたことは、当事者間に争いがない。
そして、前記<書証番号略>及び弁論の全趣旨によると、手動通報機が追越車線側壁面の地上1.5メートルに四八メートル間隔で消火栓と同じ場所に四二個設置されていたこと、手動通報機は、トンネル内で車両火災事故等が発生したときに、事故当事者又は発見者が通報機のフレキシガラスを押し破って押釦を押し、その発生をコントロール室に通報するためのものであることが認められる。
(三) 非常電話
非常電話は、本件トンネル内で交通事故等に遭遇した当事者又は発見者が通報するものであり、走行車線側壁面に約二〇〇メートル間隔で一二個設置されていたこと、非常電話の通話先は管制室であり、通話されている非常電話の位置が管制室のグラフィックパネルに表示される仕組みになっていたことは、当事者間に争いがない。
そして、前記<書証番号略>及び証人梅田友久の証言によると、非常電話は、「非常電話」と書かれた表示灯とともに設けられていたこと、東坑口に最も近い位置の非常電話を一番とし西坑口に向けて順次一二番まで番号が付されて特定されていたこと、受話器を取り上げると管制室と通話できる仕組みとなっていたことが認められる。
(四) ITV
(1) ITVは、トンネル内の状況を監視するためのテレビで、本件トンネル内の追越し車線側壁面に約二〇〇メートル間隔で設置された一〇台のカメラとコントロール室に設置された三台のモニターによって構成されていたこと、しかし、本件事故当時は常時監視態勢ではなく、必要に応じてスイッチを入力して画像を映し出すことになっていたこと、本件トンネルのITVは、火災感知器等の通報設備とは連動していなかったため、手動で順次カメラを切り替えていくことによって事故発生地点を捜していかなければならないものであったことは、当事者間に争いがない。
そして、前記<書証番号略>及び弁論の全趣旨によると、コントロール室に設置された三台のモニターテレビは白黒画面で、上り線及び下り線の専用モニターテレビが各一台ずつあり、残り一台は上下線のどちらにも切り換えられるようになっていたこと、トンネル内に設置されたテレビカメラは東京芝浦電気株式会社のTL―4B型で、全シリコントランジスタを使用し、自動化されかつ低照度用として設計されたものであること、その仕様の主要なものは、①被写体照度は標準一〇ルクスないし一〇万ルクス、②自動感度調整は一〇〇〇対一以上(照度比)、③走査方式はランダムインターレース又はインターレース、④走査周波数は水平一万五七五〇サイクル又は一万五六二五サイクル、垂直五〇/六〇サイクル電源同期又は非同期、⑤水平解像力は低照度用のとき四〇〇本以上、高照度用のとき五〇〇本以上、⑥使用レンズは焦点距離五〇ミリメートルでF1.4であったこと、⑦モニターテレビが余熱方式ではなかったためスイッチを入れてから画像が出るまでには約四〇秒の時間を要したことが認められる。
(2) なお、<書証番号略>及び証人白石尚夫の証言中には、ITVのスイッチをいれてから画像が出るまでの間は約二〇秒であったとする記載や供述部分もあるが、証人白石尚夫は、関連事件の証人尋問において二秒と証言するなどその証言には曖昧なところがあり、また、<書証番号略>には約二〇秒であるとする根拠について何らの説明も示されていないものであるから、右記載及び供述は、実験結果に基づくとする関連事件の証人杉山洋太郎の証言調書である<書証番号略>の記載に照らし、たやすく信用できず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない(なお、杉山洋太郎作成の陳述書である<書証番号略>が提出され、その中で、<書証番号略>において同人が四〇秒と証言したのは勘違いであった旨説明しているが、何故にそのような重大な勘違いをしたのかについて首肯するに足りる説明がなされておらず、<書証番号略>の信用性を覆すものではない。)。
(五) 消火栓
消火栓は、トンネル内で発生した火災を初期に消火し又は制圧するための設備で、追越車線側に四八メートル間隔で四二個設置されていたこと、その操作は、事故当事者又は発見者に期待していたこと、コントロール室において消火ポンプの施錠を解放しない限り水は出ないようになっていたこと、ホースの長さは三〇メートルであり、四八メートル間隔に設置されていたから、計算上は火災現場に最も近い消火栓を使用をすればホースの届かないところはないはずであったことは、当事者間に争いがない。
そして、前記<書証番号略>及び弁論の全趣旨によると、消火栓から放水するためには、現場の操作としては、格納器内部の右上にあるハンドルを手前に倒すのみでよかったが、格納器内部には、起動釦もあり、格納器上には、「ハンドルを倒しても水の出ない場合には起動釦を押す」旨の指示が記載されていたこと、日本坂トンネル供用の開始ごろには、前記ハンドルを倒すのみで消火ポンプが起動するようにされており、それによってレベルの放水がなされるようになっていたこと、しかし、本件事故当時は、コントロール室で火災等を探知した後、コントロール室内の係員が消火ポンプを起動する操作をし、それによって初めて消火ポンプが起動され、消火ポンプの起動を前提としたレベルの放水がされるような仕組みとなっていたこと、この仕組みでは、ポンプが起動される前であっても、呼水槽による圧力はかかるので一定の放水がなされるようになっていたこと、ポンプが起動されれば格納器の上にある赤色灯が点滅したこと、ホースの口径は内径三二ミリメートル、外径44.5ミリメートルであったこと、ノズルからの放水はノズルの先端を左又は右に回すことにより棒状又は噴霧状で行うことができ、放水量はいずれも毎分一三〇リットル以上で、圧力は一平方センチメートル当たり三キログラム以上であったこと、有効射程は棒状で水平一四メートル以上、噴霧状の放水の展開角度は四五度以上であったこと、ホースはゴムホースでリールに巻いてあったため、放水しながら自由に火元に近づいて消火することができたことが認められる。
(六) 消火器
消火栓と同じ場所に二個ずつ合計八四個消火器が設置されていたことは、当事者間に争いがない。
そして、前記<書証番号略>及び弁論の全趣旨によると、消火器は消火栓と同一の格納箱の別の部分に格納されているが、消火栓の扉が開放された場合、丁度その扉の裏側に消火器が位置する関係にあること、消火器の種類は六キログラムABC粉末消火器であること、その機能は、①初期先端到達距離は一〇メートル、②有効放射距離四ないし八メートル、③薬剤散布幅は約三メートル、④有効放射時間は約二〇秒、⑤耐圧は一平方センチメートルあたり三〇キログラムであったことが認められる。
(七) 給水栓
給水栓が東西両坑口に各一個設置されていたことは、当事者間に争いがない。
そして、前記<書証番号略>によると、給水栓は、トンネル内で発生した火災を消火又は制圧し消防活動を強化するための設備であり、主として消防署の利用に供するためのものであったこと、給水栓の本体は口径六五ミリメートルの単口地上式であり、右口径は公設消防隊が使用するホースの口径と合致するものであったこと、その給水能力は毎分四〇〇リットル以上であったことが認められる。
(八) 水噴霧装置
水噴霧装置が、水を噴霧状に放射して火災を抑圧又は消火あるいは火熱からトンネル施設等を冷却保護し、火災の延焼を防止するための設備で、火災地点の一区画三六メートルが同時に放水される仕組みになっていたこと、また、必要に応じて、それに隣接するもう一区画三六メートルも放水可能となっていたから、合計七二メートルで一斉放水できる仕様であったこと、放水される二区画は火災感知の順に連続した二区画であったこと、水を放水するスプレーヘッドは、両側壁面ボード部に四メートル間隔で一〇二四箇所設置され、一区画一八個で構成されていたこと、本件事故当時用意されていた主水槽の容量一七〇立方メートルの水で四〇分間の放水が可能であったこと、水噴霧装置は、機械的には火災感知器と連動して作動する仕様となっていて、火災感知器が感知すると同時に放水を開始する仕組みとなっていたが、西日の太陽光線や自動車の前照灯の照明に対しても感知することがあったため、連動して作動する仕組みを改めて、本件事故当時はコントロール室で火災を確認してから水噴霧装置の鎖錠を解放しないと放水しないようになっていたことは、当事者間に争いがない。
そして、前記<書証番号略>によると、水噴霧器の水源は、本件トンネル東坑口に設置されていた水槽であって、ポンプによって汲み上げる仕組みとなっていたこと、放水範囲については、コントロール室において機械的に選択されたものを変更することはできなかったが、東換気塔及び西換気塔の火災受信盤においては、手動操作に切り換えることによって放水範囲を選択することができたことが認められる。
(九) 水槽及び消火ポンプ
消火栓、給水栓及び水噴霧装置に送水するために本件トンネル東坑口に容量一七〇立方メートルの主水槽を設け、消火ポンプによる加圧をして送水していたことは、当事者間に争いがない。
そして、前記<書証番号略>及び弁論の全趣旨によると、主水槽の他に補充用として容量五〇立方メートルの受水槽を、平常時給水管に水を充填しておくための容量3.5立方メートルの呼水槽をそれぞれ設けていたこと、主水槽用として消火ポンプ、受水槽用として取水ポンプ、呼水槽用として呼水ポンプがそれぞれ設置されていたこと、消火ポンプは消火栓、屋外給水栓、水噴霧装置及びファン冷却設備に加圧給水するためのもので送水能力は毎分二五〇〇リットルであったこと、水槽及びポンプの配置・配管が別紙図面6のとおりであったことが認められる。
(一〇) 可変標示板
警報設備として東名高速道路下り線小坂トンネルの東坑口から東京より二一〇メートルの地点の追越車線側に本件可変標示板が設置されていたこと、右警報設備は、トンネルにおける自動車火災事故等の発生を後続車又は対向車に報知、警報し、それに伴う二次的災害を軽減するために、運転者の視覚及び聴覚に訴えて警報を与える固定設備であり、その目的とするところは、①トンネル内への自動車の進入禁止及び②トンネル内の自動車を速やかにトンネル外へ退避させることであり、それによって延焼を免れることができる仕組みになっていたこと、本件可変標示板には、スピーカーによるサイレン音の吹鳴による聴覚信号装置が併設されていたが、この音信号のサイレンは、本件事故当時は吹鳴しないようになっていたこと、本件事故当時の本件トンネル内には標示板はなかったことは、当事者間に争いがない。
そして、前記<書証番号略>並びに弁論の全趣旨によると、本件可変標示板は縦1.65メートル、横2.51メートルの標示板が二本の支柱により路面からその下端が2.00メートルの位置に設置されていたこと、標示部は一文字の大きさが縦0.45メートル、横0.39メートルのものが標示板の上段に横に四個、下段に横に二個配置されていたこと、標示部には電光式の文字を表示できたこと、火災の際には上段に「進入禁止」、下段に「火災」と表示するようになっていたこと、この表示操作はコントロール室の係員がITVによって火災の確認をしてから遠方監視制御で行っていたこと、本件可変標示板の上部には縦0.45メートル、横1.30メートルの中に直径0.30メートルの点滅灯が三個配置されていたこと、三個の点滅灯のうち両側の二個は赤色で中央の一個が黄色であったこと、進入禁止の表示が点灯されると同時に両側の赤色灯が点滅したこと、同標示板の上部、点滅灯の左側にサイレンが設置されていたこと、同標示板の下部にこれと連続してトンネル名及びその長さを表示するために「小坂トンネル」「長さ268m」と記載された標示板が付けられていたことが認められる。
(一一) 送風機
トンネル内の換気用として東西両換気塔に各六台の送風機が設置され、そのうち各三台が本件トンネル用であったこと、通常の場合には、この送風機によって外気を吸い込んでトンネル内の天井板に設けた送風穴から車道に送り出し、車道内の空気の清浄を図っていたが、火災発生の場合には、送風機を逆転させて、車道内の煙をトンネル外に排出する仕組みになっていたことは、当事者間に争いがない。
そして、前記<書証番号略>によると、この送風機の送風能力は毎秒五二八立方メートル以上であり、排煙能力は送風能力の六〇パーセント以上であったことが認められる。
(一二) 非常通路
前記<書証番号略>及び弁論の全趣旨によると、トンネル内で発生した火災等に際し、トンネル内の人たちを非難させるため約五〇〇メートル間隔に三個所上下線の連絡通路が設けられていたことが認められる。
(一三) 電気配線
前記<書証番号略>によると、本件トンネル内の防災設備を制御する電気の送電は、別紙図面5記載の電らん管を通り、各防災設備に立ち上がるケーブルないし本件トンネル内の内装板の内部にあるトンネル本体の天井や壁面を通るケーブルによってなされていたが、それらに用いられていたケーブルは耐火性のものではなく、その耐熱能力は、耐火呂の温度を徐々に上げ、ケーブルの損傷する温度と時間を測定する方法によると、加熱後六分三〇秒、耐火呂の温度が六〇〇度を超えた時点で、被膜が垂れはじめ、加熱後七分三〇秒、耐火呂の温度が六三五度となった時点で、ケーブルが四一一度となって発火し、加熱後九分、耐火呂の温度が六九〇度となった時点でケーブルが四八五度となり、絶縁抵抗がなくなるものであったことを認めることができる。
(一四) その他
前記<書証番号略>及び弁論の全趣旨によると、本件事故当時、本件トンネルには、ラジオ放送設備及び非常駐車場がなかったことが認められる。
2 防災設備の管理・運用体制
本件トンネルの防災設備の管理・運用体制は、次のとおりである。
(一) 管理・運用体制の概要
日本坂トンネル内の事故に関する情報は、すべて管制室に集められて処理するような体制がとられていたこと、非常電話からの通報は管制室が直接受信していたこと、火災感知器、ITVによってコントロール室が得た情報は、専用電話によって管制室に通報されるようになっていたこと、消防署、警察署への通報連絡は、すべて管制室から専用電話によって行われていたこと、被告が運行していた巡回車をはじめ被告内部の各部署への通報連絡も管制室を通じて行われていたこと、そのために指令電話と呼ばれる専用回線が架設され、移動無線と呼ばれる無線装置も用意されていたこと、コントロール室では、非常電話を除く本件トンネルの防災設備の管理・運用をしていたこと、本件可変標示板の「進入禁止」の表示、消防ポンプの起動、水噴霧装置の放水及び送風機の逆転等は、すべて、コントロール室において係員がITVにより火災を確認してから操作することになっていたことは、いずれも当事者間に争いがない。
(二) 管制室
前記争いのない事実に、前記<書証番号略>、証人梅田友久の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(1) 担当職務
管制室は、東名高速道路の東京起点から三ケ日インターチェンジまでの約251.7キロメートルの範囲を管轄し、担当職務は、右範囲内の非常電話、指令電話、業務電話(消防用電話)、移動無線及び一般加入電話により交通事故、火災事故及び車両故障等(以下「事故等」という。)の交通に影響を及ぼす情報を収集し、必要な処置がなされるようにその情報を警察署、消防署、管理事務所及びインターチェンジの料金所等に提供し、また、交通情報として一般利用者に提供することであった。これは車両が高速度で走行するという高速道路の特殊性のため、一旦事故等が発生すると交通に影響を及ぼす範囲が広く、広範囲でかつ統一的な対応策が要求されることから、事故等の情報を一箇所に集めてその状況を的確に把握して、関係諸機関の協力を得て効果的な対応策をとろうとする目的によるものであった。
なお、警察も管制室に警察官を交替勤務で常駐させ(以下「管理室」という。)、被告が受信した非常電話の転送を受けたり、自ら収集した情報に基づいて必要な指示・指令等を発していた。
(2) 物的設備
管制室には、右の職務を遂行するため、①東名高速道路上に平場(トンネル外の場所)は約一キロメートル毎に、トンネル内は約二〇〇メートル毎に設置された非常電話からの通報を受けるための非常電話が二台(ただし、一台に四回線を組み込んでいた。)、②管轄内の警察、管理事務所、料金所等の関係事務所との間の直通電話である指令電話が四台、③管轄内の一八の消防本部へ通報するための専用電話である業務電話(消防用電話)が一台、④道路管理用の巡回車等と通信するための四〇〇メガヘルツの無線である移動無線が四台、⑤一般加入電話の回線及び被告専用の回線を組み込んだ電話(以下「一般加入電話」という。)が二台、⑥非常電話の通話内容を通話者以外の人でも聞くことができる非常電話モニター、⑦通報された非常電話の位置を表示するためのグラフィックパネル及びその操作卓等が設置されていた。なお、管理室には転送された非常電話を受け取るための受付電話及び警察無線が設置されていたほか、管理室の警察官は前記指令電話及び移動無線の各二台を使用することがあった。
ただし、管制室には、日本坂トンネル内の防災設備の稼働状況を直接知る設備はなく、コントロール室等からの直接電話等からの連絡によって稼働状況を把握する方法しかなかった。
(3) 人的配置
管制室の室員は、室長一名、助役六名、通信管理長五名、通信員五名及び事務員二名であり、午前八時五〇分から午後五時二〇分までの日勤と午後五時五分から翌日の午前九時五分までの夜勤との二交代制で勤務し、二四時間対応していた。日勤の場合は四名ないし五名が勤務し、夜勤の場合は助役、通信管理長及び通信員の各一名が一組になって勤務していた。なお、管理室には三名の警察官が交替で勤務していた。
(4) 非常電話通報の処理
通行者等が事故等の発生を非常電話で通報する場合、受話器をあげると管制室内の非常電話の呼出音がなり、一キロポスト毎にブロック表示されかつ上下線に区別されたグラフィックパネルの当該ブロックに乳白色の照明が点灯し、通話が開始されると右照明が点滅するようになっていた。また、平場とトンネル内とは回路が異なっていたため、平場の非常電話をあげた場合には二個、トンネル内の非常電話をあげた場合には一個それぞれ小さな赤い照明が乳白色の照明の中に点灯するようになっていた。そして、係員がグラフィックパネル操作卓のスイッチを押すと当該ブロックに赤い照明が点灯した。右のよう仕組みになっていたため、平場の場合には通報に使用している非常電話の位置を通報者に聞かなくとも特定することができたが、トンネル内の場合には非常電話が約二〇〇メートル毎に設置されていたため、どの範囲内の非常電話を使用しているかは特定できても、どの非常電話を使用しているかは通報者に聞かないとわからなかった。
通報を受信した係員は、通報者からまず当該非常電話の番号を、次いで事故等の内容を聞き取ることになっていたが、その内容が交通事故又は火災事故等のように警察の関与が必要な場合には、概略等を聞き取ってすぐに管理室の受付電話に転送していた。転送した場合でも非常電話モニターのスイッチを押しておけば、その通話内容を管制室係員も聞く事が出来た。火災事故又は救急事故の場合には、係員が当該事故地点を管轄する消防署へ業務電話で通報し、消防車又は救急車の出動を要請していた。さらに、火災事故の場合には、料金所に連絡して情報板の点灯を依頼し、管理事務所に連絡し、関係する管理事務所には現場へ臨場するように要請していた。これに対して、警察の関与が必要とされない場合には、係員がその処理を担当する機関に連絡していた。
そして、非常電話については、それを受けたものがメモをとり、非常電話受信表を作成する扱いとなっていたが、特に、異常事態が発生した場合には、管制室の者が、それぞれ、指令電話、業務電話及び移動無線等の連絡等自ら処理したことをメモし、それと前記非常電話通信表をもとに、後刻緊急通信処理表にまとめて記載する扱いとなっていた。
(5) 火災・救急事故の通報先
東京第一管理局が管理する東京インターチェンジから三ケ日インターチェンジまでの間においては、各インターチェンジ間の行政区域が複数にまたがる関係で、消防・救急業務について関係する各市町村間で東名高速道路の供用開始に前後して消防相互応援協定が締結された。これらの協定は、行政区域とは関係なく、上り線については一方の消防本部が、下り線については他方の消防本部が担当するという上下線方式を採用していた。静岡インターチェンジと焼津インターチェンジ間についても、その行政区域が静岡市と焼津市にまたがっている関係上、各々の区域の消防を担当する静岡市及び焼津市は右区間における消防相互応援に関する協定を昭和四四年一月三〇日に締結し、同日付けの右協定に基づく覚書を両市の消防長間で交換し、同年二月二日から実施したが、右協定及び覚書によると、消防の出場隊の担当区域について上り線を焼津消防、下り線を静岡消防が担当するのを原則とするが、事故の状況により相互に応援しあうものとし、担当区域外の事故を覚知し出場したときは、直ちにその状況を相互に通報するものとされていた。そして、関係各市町村間の右協定及び覚書は、東名高速道路を管理する被告に通知されていたので、管制室内部では、それらの原則のみを鵜呑みにして執務する体制をとっており、静岡インターチェンジと焼津インターチェンジの間の東名高速下り線において火災、救急事故が発生したときには、それがトンネルの内であるか外であるかを問わず、必ず静岡消防に通報して援助を求める取扱いをしており、火災、救急事故状況及び現場の交通渋滞の状況に応じて、臨機に最寄りの焼津消防に通報して援助を求めるような取扱いをしていなかった。
(三) コントロール室
前記<書証番号略>並びに検証の結果を総合すると、以下の事実が認定できる。
(1) 担当職務
コントロール室は、別紙図面2記載のとおり日本坂トンネルの東坑口から約5.6キロメートル東の静岡管理事務所にあり、遠方監視制御システムにより同事務所管内の東名高速道路清水インターチェンジと菊川インターチェンジとの間(約54.05キロメートル)における情報収集及び情報提供を機械的に行うとともに、その間に設置された小坂トンネル及び日本坂トンネルのトンネル防災設備を遠隔操作によって作動させる等の業務を行っていた。
なお、消防等の他機関との連絡業務は、管制室に集中し、コントロール室が独自にはしない取扱いとなっていた。
(2) 物的設備
右の業務を行うために、コントロール室にはグラフィックパネル及び遠方監視制御装置の操作卓が設置されていた。グラフィックパネルの状況は次のようなものであった。グラフィックパネルの中央部に左右にかけて東名高速道路の静岡インターチェンジ手前から菊川インターチェンジの先までの路線図があり、右路線図に対応して右から順に静岡インターチェンジ、小坂トンネル、日本坂トンネル(東)、日本坂トンネル(西)、焼津インターチェンジ、吉田インターチェンジ、牧の原サービスエリア及び菊川インターチェンジという順番で各種計器及び表示灯が区分され、かつ、各種表示灯については上り線については路線図の上部に、下り線については路線図の下部に設置されていた。また、グラフィックパネルの最も右側にITVモニターが三台縦に配置されており、上から順に上り線日本坂トンネル専用、同線及び本件トンネル共用、本件トンネル専用であった。操作卓は、グラフィックパネルに対応して操作スイッチが配置されており、右からITV、静岡インターチェンジ、小坂トンネル、日本坂トンネル(東)、日本坂トンネル(西)、焼津インターチェンジ、吉田インターチェンジ、牧の原サービスエリア及び菊川インターチェンジについての操作スイッチ及び表示灯が区画されて配置されていた。東西換気塔の火災受信盤は、コントロール室の遠方監視盤と連結しており、トンネル防災設備の作動操作はコントロール室から遠方監視制御装置の操作卓によって行われる仕組みとなっていた。防災設備の作動状況は、コントロール室のグラフィックパネルの表示灯が点灯することによって感知する仕組みとなっていたが、作動している個々の機器ないし区間がすべて表示されるわけではなく、火災の探知及び水噴霧器の作動状況については、本件トンネル内においては、五〇〇メートルごと四ブロックに分かれて表示されることになっていたのみであるから、作動している機器や区間の正確な位置は、その表示のみではわからない仕組みであった。
また、管制室や換気塔に連絡するための業務上の直通電話が備え付けられていたが、他機関に対し、直接連絡する無線や直通電話等の特別な装置はなかった。
(3) 人的配置
コントロール室の室員は合計九名おり、午前八時五〇分から午後五時二〇分までの日勤と午後五時五分から翌日の午前九時五分までの夜勤との二交代制で、常時二名が勤務して二四時間管理を行っていた。
(4) 火災発生時に係員が行う操作状況
日本坂トンネル内で火災が発生した場合、トンネル内の火災感知器が火災を感知すると、その信号は、換気塔に設置してある火災受信盤を経由し、伝送装置を経てコントロール室に送られ、グラフィックパネルの火災表示灯を点滅させるとともに警報ベルを鳴らすようになっていたが、右通報を受けたコントロール室の係員は、①ITVによる火災発生の確認、②可変標示板への表示、③ポンプ運転の起動、④水噴霧装置の放水、⑤送風機の逆転、⑥全照明の点灯という順序で操作卓の操作を行うことになっていた。その操作の状況は次のとおりであった。①火災表示灯が点滅し、警報ベルが鳴ると、コントロール室の係員は、操作卓のITVスイッチを入れ、カメラを切り替えてモニターで火災発生の確認作業をする。②火災発生を確認すると、操作卓のスイッチを操作して可変標示板に「進入禁止」「火災」を表示し、赤色灯を点滅させ、その表示及び点滅があったことをグラフィックパネルで確認する。③次に、操作卓のポンプの鎖錠を解いてポンプ運転を開始させると、ポンプ室からポンプ運転信号が返ってきてグラフィックパネル内のポンプ運転表示を点灯させるようになっていたので、その点灯を確認する。なお、ポンプ運転が開始されるとトンネル内の消火器格納箱上部に設置されている赤色灯が一斉に点滅し、放水が可能な状態になる。④それから、操作卓の水噴霧装置の鎖錠を解いて自動弁を解放させ水噴霧装置による放水を開始させる。放水が開始されると、換気塔の火災受信盤を経てグラフィックパネル内の水噴霧表示灯を点灯させるから、その点灯を確認する。⑤さらに、操作卓の操作により東西両換気塔の送風機を逆転させ、逆転したことをグラフィックパネルの逆転の表示の点灯により確認する。⑥最後に、操作卓の操作によりトンネル内の全照明を点灯させ、点灯したことをグラフィックパネルにより確認する。なお、これらの一連の操作をするとともに管制室に火災の発生を業務電話で通報することになっていた。
また、これらの操作の後、係員は、自宅に待機しているコントロール室の室員等に連絡をとってコントロール室に召集し、換気塔の管理及び現場での処理等に備えることとなっていた。
(四) 換気塔及びポンプ室
前記認定事実に<書証番号略>を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(1) 物的設備
上り線日本坂トンネル東坑口に東換気塔が、本件トンネル西坑口と上り線日本坂トンネル西坑口との間に西換気塔が設置されており、東西両換気塔には、火災受信盤及び送風機が設置されていた。火災受信盤は、トンネル内に設置された火災感知器、手動通報機等からの信号を受け、火災が発生した地区の表示灯と火災報知灯を点灯し、ベルを鳴らして火災の警報を発報し、水噴霧装置の自動弁の開放、消火ポンプの起動等の一次信号を供給するほか、水噴霧器等の安全設備の個別の区画の稼働状況も表示するものであった。本件トンネルについては、東換気塔で制御表示していたのはそれぞれ五七区画あった火災感知器及び水噴霧装置のうちの二六区画、四二箇所あった手動通報機及び消火栓のうち二〇箇所であり、残りは西換気塔で制御表示していた。また、換気塔には、コントロール室へ直通する業務上の電話もあった。
ポンプ室は、東換気塔に隣接した位置にあり、消火ポンプ制御盤及び消火栓ポンプ制御盤が設置されていた。右各制御盤は起動したポンプが何らかの原因で停止した場合には手動操作で再起動できるようになっていた。
(2) 人的配置
東西両換気塔及びポンプ室には係員は常駐していなかったが、火災事故が発生した場合には、前記の操作を終えた係員ないしコントロール室から出動を要請されて応援にかけつけた係員が、火点の位置を確認したうえ東換気塔又は西換気塔に赴き、手動操作の必要性等に対処することになっていた。
四本件事故の状況及び被告の対応
1 本件事故の概要
昭和五四年七月一一日午後六時三五分ころ、本件トンネル内169.1キロポスト付近(本件トンネル西坑口から東方四二〇メートル付近)において数台の車両の関係する追突事故が発生したこと、右事故によって栗原車が焼けたこと、同午後六時三九分ころ、管制室に対し、下り線の非常電話から事故発生の通報があったこと、管制室から静岡消防に本件トンネル内で車両火災が発生したことを通報し出動要請したこと(但し、時間には争いがある。)、静岡消防の消防車及び救急車が本件トンネル東坑口に到着したこと、管制室から焼津消防に対し車両火災事故の発生を通報し出動要請したこと(但し、時間には争いがある。)、同消防から消防車、救急車及び化学車が出動したこと、前記消防車、救急車及び化学車が本件トンネル西坑口に到着し、消火活動に従事したこと、本件トンネル内で約一七〇台の車両が焼失したこと及び車両火災が数日間続いたことは、いずれも当事者間に争いがない。
2 本件事故の状況
(一) 本件追突事故の状況
(1) 前記争いのない事実に、<書証番号略>並びに原告澤入本人尋問の結果(第一回)を総合すると、以下の事実を認めることができる。
昭和五四年七月一一日(以下、同日の時刻については時刻のみで表示する。)午後六時三五分ころ、本件トンネルの西坑口から東京寄り約四二〇メートルの地点において、追越車線を走行していた大型貨物自動車である梶浦車が停止したところに大型貨物自動車である小谷車が追突し、さらに、普通乗用自動車である藤崎車、普通乗用自動車である栗原車、大型貨物自動車である中村車及び同じく大型貨物自動車である橋本車が順次前車に追突した。右各追突後の位置関係は別紙図面7の(1)のとおりであり、梶浦車を先頭に合計六台の車両が順次接着した状態で停止していた。各車両の停止状況及び損傷状況(ただし、後記認定の本件車両火災による損傷も含む。)は次のとおりであった。梶浦車は、別紙図面7の(1)のとおり追越車線から走行車線にかけて進行方向に向い左に約一五度の角度で停止していた。その損傷状況は、キャビン前部、前バンパー等の一部に塗装が残存していた他は全焼し、荷台左側バタ板は前部から後方約三メートルにわたり焼失欠損し、右側バタ板は燃焼痕が認められ穴があき、キャビンのガラス窓は全て欠損し、キャビン右前部角の地上高約1.05メートルの位置に衝突痕が認められ、キャビン右前部が後方に押され、キャビン左側面角及び左前フェンダー等に衝突痕が認められ、左前輪タイヤの後部が炭化し、左側面が亀裂し、後輪二軸の左前輪が一部炭化していたほか、他のタイヤは異常なかった。また、燃料タンクはキャビンのすぐ後方に二個ついていたが、二個とも蓋が飛び燃料がなくなっていたし、荷台では積載のガラスコップが溶け、飴状となって未燃焼の板についていた。小谷車は、別紙図面7の(1)のとおり左前部を梶浦車の右後部に衝突したままの状態で停止し、衝突部分の深さは約0.6メートル、幅は約0.7メートルであった。その損傷状況は、キャビン右前部・荷台右側面部にうす青色の塗装が残存し、前部ナンバープレートの緑色塗膜が残存していたほか、車体全体が全焼し、キャビン前部は大破してキャビン全体が後方に圧縮されシャーシ及びエンジン部分が露出していた。キャビン前後の長さは左側面ドア下部付近で約0.98メートルであった。左右前輪タイヤは正常であったが後輪は全て焼失していた。荷台下方に燃料タンクが二個ついていたが、いずれも蓋が飛んでいた。藤崎車は、別紙図面7の(1)のとおり小谷車の後部荷台下にほぼ九〇度の角度で潜り込んだ状態で停止していた。同車は原形をとどめない程に大破して全焼していた。車両後部は追突の衝撃により後方から押し上げられた状態で曲折していた。燃料タンクは押されたことにより変形し、右後方が四センチメートル×1.2センチメートル、右前方が8.5センチメートル×1.0センチメートルの大きさに亀裂していた。タイヤは四本とも全部焼失し、アルミホイールは右側の前後輪が全部溶けていたが、左側の前後輪は一部残っていた。栗原車は、別紙図面7の(1)のとおり小谷車の左後部側面に右側面を接して停止し、後部トランク部分に中村車が上からのしかかるように喰い込んでいた。喰い込みの深さは、約1.2メートルであった。車両の損傷状況は、全焼していたが、正面中央部に衝突痕が認められ、ボンネットが上方に浮き上がり、後部トランクが押しつぶされ、後部座席が前方に押され、右側面フェンダー及び右側前後ドアが凹損していた。タイヤは四輪とも焼失しホイールのみ残存していた。中村車は、別紙図面7の(1)のとおり、左前部を栗原車の後部に喰い込ませ、右前部を小谷車の後部に接して停止していた。その車体は全焼しており、キャビン右前部上方に凹損部分が認められ、キャビン前面の下部が大破し、前部バンパーが凹損し、ラジエターの一部が欠損し、キャビンが後方に押され、シャーシー部が露出していた。荷台部分は下方に下がり、左右バタ板は外側及び下方に彎曲していた。荷台には積載物の約三ミリメートルの粒状プラスチックが焼けただれ、また、粒状のままで乗っていたが、後部は溶け固まった魂となり、この上とその周囲にコンクリート片等が堆積していた。後部バタ板の左端止金具のところには橋本車の荷台に乗っていたドラム缶と同様のドラム缶が突き刺さっており、この脇の荷台上にも同様のドラム缶が転がっていた。これらのドラム缶はいずれも原形をとどめていなかった。荷台部分は原形をとどめておらず、左後部には、橋本車が喰い込んでいた。橋本車は、別紙図面7の(1)のとおり右前部を中村車の左後部に接して停止していた。接触部分の深さは約1.4メートルで、幅は約0.3メートルであった。車体は全焼しており、キャビン、屋根及び荷台にトンネル天井板のコンクリート及びその破片が落下しており、キャビン右前部が下方に押しつぶされていた。左右及び後部バタ板は荷台からはずれ、荷台は原形をとどめていなかった。荷台にはコンクリート片のほか、前部につぶれたドラム缶八本が認められた。
そして、本件第一事故関係車両の乗員のうち、梶浦車の乗員及び中村車の乗員は、事故後すぐ、それぞれ、本件トンネル西坑口及び東坑口に徒歩で退避し、橋本車の乗員である新居一典(以下「新居」とする。)も、後記認定のとおり本件トンネル外に退避したが、同橋本は、退避途中に焼死し、また、小谷車、藤崎車、栗原車の乗員は、第一事故によって負傷し、あるいは各車両から退避できなくなって車両の中で焼死した。
(2) また、本件第一事故の発生した時刻については、これを認定する直接的な証拠がないが、後記認定のとおり、火災感知器は、午後七時三九分に火災を感知したとはいうものの、その感知能力は、一メートル四方の火皿に四リットル以上のガソリンを入れて燃焼した場合でも三〇秒以内の感知能力しかなく、その場合にも、車両の下部で火災が遮られていた場合には感知しなかったこと前認定のとおりであり、また、後記認定のとおり、火災は、第二段階に至るまでは、小谷車及び栗原車の下部が中心であったことが認められるので、火災の第二段階に至ったのは、午後六時三九分ころであると推認されること、そして、火災の第二段階に至るまでに、後記認定のように、原告澤入は、一定の救出活動をしていることが認められること、また、後記認定の非常電話による本件事故の第一報の時刻(午後六時三九分)及び発信場所(本件トンネル内西坑口から約五五九メートル、即ち、本件火点の約一四〇メートル東側)、本件第一事故関係車両の停車位置並びに通報者が後続車両の運転者であることからすると、通報者は、本件第一事故に際し、降車して中村車付近まで行き、火災となっていることを確認し、非常電話まで戻って連絡したと推認されるし、第二報の時刻(午後六時四〇分)及び発信場所(本件トンネル西坑口から焼津インターチェンジより一七九メートル、即ち、本件火点の約六〇〇メートル西側)並びに通報者は、本件第一事故の現場付近を走行中の車両の運転手であることからすると、通報者は、本件第一事故に際し、降車、本件車両火災の確認、再出発、停車、降車、通報という過程をたどったことになり、相当の時間を要したと認められること、そして、後記認定のように、午後七時四二分ころには、水噴霧装置が稼働していたが、救助・消火活動にあたった通行者である原告澤入、原告大石及び新居は、水噴霧装置が稼働していたことを知らなかったのであるから、同人らが救助・消火活動を終え、午後七時四二分には、本件火災から退避していたものと認められること等を総合すると、本件第一事故の発生時間は、ほぼ午後六時三五分ころと推認するのが相当である。
(3) なお、<書証番号略>のうち、前記認定に反する記載部分は、<書証番号略>によって認定できる前記の中村車の停車位置及び破損状況等に照らし、たやすく信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) 本件車両火災の状況
(1) 前記争いのない事実及び前記認定の本件追突事故関係車両の停車位置及び破損状況に、前記<書証番号略>並びに原告澤入及び同大石各本人尋問の結果(第一回)を総合すると、以下の事実を認めることができる。
本件追突事故の衝撃で、藤崎車の燃料タンクが押し潰されて、亀裂が生じ、同車後部下の路面にガソリンが流出した。そこへ、本件追突の衝撃による火花等が引火して、藤崎車の下部付近で火災が発生した(以下これを「火災の第一段階」という。)。この火災は、しばらくの間、藤崎車、小谷車及び栗原車の車体下部に流出したガソリンが燃えるのみであったが、徐々に、栗原車に引火して火も大きくなり、午後七時三九分ころ、栗原車のガソリンタンクに引火し、同車を包むように炎上した(以下これを「火災の第二段階」という。)。その後、その火災は、前方の小谷車及び梶浦車並びに後方の中村車及び橋本車に延焼し、それぞれの燃料タンクに引火したり、中村車に積載されていた可燃物質であるポリエチレン及び橋本車に積載されていたドラム缶約五〇本に入った松脂に引火して、爆発的に炎上する状況となった。そして、この爆発的な炎上のため、摂氏八〇〇ないし一〇〇〇度の高温が発生する状況となった(以下これを「火災の最終段階」という。)が、一九時〇四分ころ、火災が、第二段階から最終段階に至る過程で、本件トンネルの温度が摂氏六〇〇ないし七〇〇度に達してケーブルが焼け切れ、本件トンネル内の照明やITV・水噴霧装置等の防火設備は一切機能しなくなった。
(2) そして、後記認定のとおり、コントロール室で、本件トンネル内の防災設備が完全に故障したのは、午後七時〇四分であって、それは防災設備を制御するケーブルの熱による損傷に基づくものであるが、ケーブルの耐熱能力は、前記認定のとおりであって四八五度で絶縁抵抗がなくなるものであること、後記認定のとおり、照明の消えた時期は、原告澤入及び原告大石が、その乗車していた車両をバックしていた時と認められ、爆発音を聞いたのは、車両をバックした後に、徒歩で退避を開始した時であること等からすると、ケーブルが焼け切れた午後七時〇四分は、火災の段階としては、未だ最終段階には至っていなかったと認めるのが相当である。
(三) 通行者等による救助・消火活動の状況
前記争いのない事実に、前記<書証番号略>並びに原告澤入及び原告大石各本人尋問の結果(第一回)を総合すると、以下の事実が認めることができる。
後続車両の運転者である原告澤入は、走行車線を走行していたが、衝突音が聞こえ前方の車両が突然停車したので、自車を中村車の横に停車したところ、栗原車の後部タイヤ付近に小さな火災(火災の第一段階)が見えたので、降車して栗原車の側まで行った。すると、車内に人がいたので、原告澤入は、同人等を救出しようと、ドアを開けようとしたが開かなかったため、自車までジャッキを取りに行き、ジャッキで、栗原車の後部座席の窓ガラスを割ろうとしたが、窓ガラスを割ることができなかった。他方、そうしているうちに火災は少しずつ大きくなり、栗原車の全体を包み込むように火の手が上がった(火災の第二段階)ので、原告澤入は、救出作業を諦めて自車に戻り、延焼を防ぐため自車を約七〇メートルバックさせたが、その途中で、本件トンネル内の照明が消えたため、自車を放置し、徒歩で本件トンネル東坑口に向けて避難を開始した。
また、後続車両の運転者である原告大石、橋本車の助手であった新居らは、消火活動を行おうとして、本件トンネル西坑口から約四九〇メートル入った地点に設置されていた消火栓からホースを引き出し、追越車線の壁面に沿ってホースを引っ張っていったが、橋本車の後方五、六メートルの位置までしかホースの先端が届かなかったうえ、煙が覆いかぶさるように押し寄せてきたため、消火を諦めたが、この時、ホースからはまったく水が出ていなかった。そこで、新居は、自車に戻り、負傷していた橋本を連れ、徒歩で本件トンネル東坑口に向って避難を開始したが、その途中の午後七時〇四分、本件トンネル内の照明が消えた。原告大石は、延焼を防ぐ等のため、自車に戻り、バックさせようとしたものの、その途中の午後七時〇四分、本件トンネル内の照明が消えたので、自車を放置したまま、徒歩で本件トンネル東坑口に避難を開始した。
(四) 通行者からの通報の状況
前記認定の本件追突車両の停車位置、前記<書証番号略>、証人梅田友久の証言及び弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。
午後六時三九分に本件トンネル内西坑口から約五五九メートルの位置にある日本坂トンネル下り九番の非常電話を用いて、本件追突車両の後続車の乗員が、管制室に対し、「大型貨物自動車がトンネル内で事故火災、詳細は不明」と通報し、また、同四〇分に本件トンネル西坑口から焼津インターチェンジ寄り一七九メートルの地点にある下り一六九番の非常電話を用いて、本件追突車両の先行車の乗員が、管制室に対し、「乗用車が燃えている、大型貨物自動車と衝突」と通報した。
(五) 車両の通行台数の変化
<書証番号略>によれば、午後六時から六時一〇分まで、同一〇分から同二〇分まで、同二〇分から同三〇分まで、同三〇分から同四〇分まで、同四〇分から同五〇分まで、同五〇分から午後七時までの各一〇分間に小坂トンネルと日本坂トンネルとの間に設置されたトラフィックカウンターを通過した車両の数は、四三五台、四四〇台、四九七台、四六〇台、二〇八台、一八台であったことが認められる。
(六) 本件延焼火災の状況
前記争いのない事実に、前記認定の時間経過、前記<書証番号略>及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
本件トンネル内における後続車両の停車位置は、別紙図面7の(1)、(2)の記載のとおりであって、その先頭車両である澤入車は、本件火点の九〇メートル静岡よりにあったものであるが、前記認定のとおり、火災の最終段階において本件火点が摂氏八〇〇度ないし一〇〇〇度という高温を発したため、本件トンネル内が高温となり、午後七時〇四分すぎに、本件火点の火は、澤入車に引火した。そして、火は、その後しばらくは、時速約一五〇メートルの速度で次々と東京よりの車両に引火し、その後、速度はやや遅くなったが、翌一二日午前四時ころまでには、西坑口から一四七〇メートル付近に停車していた別紙図面7の(2)に示す車両番号一六六番の車両に引火した。
(七) 消防隊の活動状況
前記<書証番号略>並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。
静岡消防は、後記認定のとおりの通報を管制室から受けて消防隊及び救急隊を出動させた。そのうち用宗隊が東名高速道路の側道を迂回して、午後六時四八分に東換気塔前に到着し、隊員が徒歩で本件トンネル内に入りトンネル内約五二〇メートル地点まで進入したが、濃煙のために火点を確認することができないまま退避した。その後、東換気塔に着いた杉山係員の依頼でポンプ車二台の中継で主水槽へ水を補給する作業をした。静岡消防の消防隊が放水を開始したのは午後一一時以降に焼津消防の消防隊と合同で消火活動を開始したときであり、放水場所は西坑口側の避難通路からであった。焼津消防も、後記認定のとおりの通報を管制室から受けて消防隊及び救急隊を出動させた。そのうち本署二号車隊が東名高速道路の上り線を進行し焼津側開口部を経由して本件トンネル内に進入し、午後七時四〇分本件追突事故現場付近に到着し、同四一分本件トンネル西坑口の給水栓を使用した放水、タンク車からの放水、化学消火を行った。その結果本件車両火災の火勢をほぼ鎮圧し、午後一一時ころから澤入車を先頭とする後続車両の火災現場に対して放水作業を開始した。その後、静岡消防及び焼津消防は消火作業について協議し、共同で消火活動を開始した。このような消火活動にもかかわらず、本件トンネル内が高温となっていたため、火勢を鎮圧することが容易にできず、結局同月一八日午前一〇時に鎮火するまで燃え続けた。
(八) 本件事故の結果
前記争いのない事実に、前記<書証番号略>及び弁論の全趣旨を総合すると、本件事故の結果、本件追突事故の関係車両六台及び後続車両一六七台が焼毀したことが認められる。
3 被告の対応
(一) 管制室の対応
(1) 前記争いのない事実に、<書証番号略>及び証人横田孝の各証言を総合すると、以下の事実を認めることができる。
本件追突事故の発生当時、管制室は夜勤体制で小山助役、梅田係員、天野係員の三人で担当し、本件事故発生から午後七時三〇分ころまでは小山助役が非常電話、梅田係員が業務電話、天野係員が指令電話を担当していた。
小山助役は、午後六時三九分、日本坂下り九番電話を使った通行者から、大型貨物がトンネル内で事故をおこし火災となっているという通報を受け、管理室に転送した。また、天野係員は、同四〇分、コントロール室の白石係員から、日本坂トンネル内で火災が発生した旨の連絡を受けた。小山助役は、同四〇分には、下り一六九番の非常電話を使った通行者から、大型貨物と追突して乗用車が燃えている旨の通報を受けた。梅田係員は、それらを聞きながら、同三九分から同四二分にかけて、静岡消防の署員横田孝に対し、東名日本坂下り線トンネル内で大型貨物と乗用車の衝突事故があって火災となっている旨通報した。この際、管制室においては、本件トンネル内の渋滞状況に顧慮していなかったため、コントロール室に確認を取る等して渋滞状態を把握し、静岡消防に対し伝えることはしておらず、この後も、渋滞情報に接しても、後記焼津消防に出動を依頼するまでの間、静岡消防に対し、渋滞の状況を伝えてはいない。管制室は、同四三分、日本坂七番の非常電話を用いた通行者から渋滞の問い合わせを受け、同四五分、下り一七六番の非常電話を用いた通行者から本件トンネル内で大型貨物自動車の事故があって通行できない旨の通報を受け、管理室に回した。静岡消防の小野田署員は、同四五分、管制室に対し、火点を尋ねたところ、本件トンネルの静岡側であり、スプリンクラーで消火中であってテレビ画面でみたところ火はたっていない旨の回答を得た。また、管制室では、同四六分、日本坂下り三番を用いた通行者から渋滞の問い合わせを受け、同四九分、日本坂下り七番の非常電話を用いた通行者から事故の通報を受け、同五〇分、下り一六九番の非常電話を使った通行者ないし事故の関係者から車両等が炎上している旨の通報を受けたので、これらを管理室に転送し、同五三分、日本坂下り四番の非常電話を用いた静岡二号の乗務員からトンネル内の煙がひどくトンネル内の人を誘導してトンネル外に出している旨の報告を受け、同五六分、日本坂トンネル五番電話を用いた警察官から、乗用車二台、大型貨物自動車一台の合計三台が燃えている旨の連絡を受けたので、これらを静岡警察に転送し、同五九分、日本坂下り四番電話を用いた静岡二号の乗員から消防車が到着したこと及び西坑口から四〇〇メートル位のところに事故車があるらしい旨の連絡を受け、午後七時〇四分、コントロール室から、業務電話で、水噴霧装置、ITV及び照明が使用不能となった旨の連絡を受け、同時に、本件トンネル内の非常電話が一部使用不能となったことを視認したが、同〇九分、日本坂下り三番の非常電話を使って警察官から電気が焼けて消えた旨の報告を受けた。また、管制室では、同一二分、静岡消防から、火点は焼津側らしいので、焼津消防にも出動要請するように連絡を受け、同一六分、日本坂下り二番電話を使った森竹隊員又は永関隊員からトンネルの奥が通れないので、静岡二号を置いて退避してきた旨の報告を受けた。他方、管制室の梅田係員は、本件トンネル東坑口から火点の間に渋滞車両が多数あることを知り、本件トンネル東坑口から消防車が進入するのでは、火点に到達することは難しいと判断し、小山助役の承認を得て、焼津消防に対し、消防車の出動を打診したところ、焼津消防から、火点までの先導及び東名高速道路下り線の焼津インターチェンジから進入し、逆行して火点に到達することの許可を求められた。しかし、管制室は、逆行を許せば、日本坂パーキングエリアから出てくる車、本件トンネルの火点から避難してくる車と正面衝突する危険があると考えたので、逆行を許さないことにしたが、その代わりに、東名高速上り線焼津インターチェンジから進入し、焼津側開口部から下り線に入るというルートを考え、先導車としては既に出動していた静岡三号を用いることとして、焼津消防にその旨伝えたところ、同一八分焼津消防は、これを了承し、管制室から正式な出動依頼があったと扱った。管制室は、同一八分、静岡三号に対し、焼津消防を火点まで先導するよう指示し、同二三分、静岡消防の火点の問い合わせに対し、焼津側である旨返答し、同二〇分から午後九時二〇分まで、静岡二号の乗員ないし静岡二一号の乗員から、下り線の車両の退避状況についての報告を受けた。
(2) なお、前記<書証番号略>(被告管制室作成の緊急通信表写)には、午後六時四五分、静岡消防から、火点確認をされたのに対し、静岡側である旨を返答した旨の記載はなく、証人梅田友久の証言にも、そのようなことはなかったとする供述部分があるが、もともと、右緊急通信表は、緊急処理をした都度それをそのまま記載するものではなく、非常電話受信表やメモに基づいて、緊急処理が一段落した後に作成するものであるから、少なくとも、記載漏れはありうるものであるし、証人梅田友久自身も、当時は、管制室には他に、小山助役及び天野係員もおり、それらの事務処理については、自分がすべて把握しているとは限らないことを自認しているうえ、当時管制室とやりとりした消防署員である証人横田孝が、前記のようなやりとりがあった旨証言しているし、しかもその証言内容とまったく符合する内容の記載のある<書証番号略>(静岡消防作成の火災交信記録の写)が書証として提出されているのであるから、これらに照らし、前記<書証番号略>の記載及び証人梅田友久の証言部分は、たやすく信用することができない。
(3) また、<書証番号略>及び証人梅田友久の証言の中には、梅田係員が焼津消防に対して、午後六時五六分に出動依頼した旨の記載及び供述部分があるが、静岡三号の活動記録である<書証番号略>(道路巡回記録簿)によると、静岡三号が焼津消防の先導を命じられたのは、午後七時一八分とされており、これは、焼津消防作成の本件火災の際の消防活動記録である<書証番号略>の記載と一致するものであるから、これらの書証の記載に照らすと、梅田友久が、焼津消防に対し、焼津消防が正式な出動要請と考えることのできる具体的な出動経路を提示した形での出動依頼をしたのは、前記認定のとおり午後七時一八分と認めるのが相当であって、前記<書証番号略>の記載及び供述部分は、にわかに信用できないというべきである。
(二) コントロール室の対応
前記争いのない事実及び前記認定の事実に、前記<書証番号略>、並びに証人白石尚夫の証言を総合すると、以下の事実を認めることができる。
本件追突事故発生当時コントロール室は、白石係員と井上係員とが前記所掌事務を担当していた。同日午後六時三九分、本件トンネル内に設置されていた火災感知器が火災を感知し、コントロール室の監視盤のベルが鳴って、本件トンネル西区間のうち西坑口側(西坑口から約五〇〇メートルの範囲)に設置された火災感知器が火災を感知したことを示す火災表示ランプが点滅を始めた。これにより、白石係員は、前記火災発生の際の処理要領に従い、まずITVのスイッチを入れて、画像が出る約四〇秒間にITVカメラを七番(本件トンネルの中央部に設置され、西坑口から約一〇〇〇メートルないし八〇〇メートルの範囲を監視するためのもの)に切り換え、出た画像を確認したが火災を発見することができなかったので、八番カメラ(西坑口から約八〇〇メートルないし六〇〇メートルの範囲を監視するために西坑口から約八〇〇メートルの地点に設置されたもの)に切り換えて確認したが火災を発見できなかった。そこで西坑口から五九六メートルの地点に設置してあつた九番カメラ(西坑口から約六〇〇メートルないし四〇〇メートルの範囲を監視するためのもの)に切り換えたところ、画面の右上の方に追越車線の方の車両から天井に届くような大きな火炎が上がっているのが映った。そこで、白石係員は、井上係員に対し可変標示板に「進入禁止」「火災」の表示を出すように指示し、火災発生を指令電話で管制室に通報した。井上係員は、操作卓の日本坂トンネル東区間の受電発電(八ブロック)の押釦のうち「進入禁止」の釦及び「火災」の釦を押して本件可変標示板に「進入禁止」「火災」を表示させ、表示が出たことをグラフィックパネルによって確認した。白石係員は、続いて西区間の受電(五ブロック)の押釦により同様に上り線用の入口部可変標示板に「進入禁止」「火災」の表示を出し、東区間の換気防災(九ブロック)に移動し、ポンプ鎖錠釦を押して操作スイッチにより鎖錠を解いてポンプ運転の指示を出しポンプを起動させた。次に井上係員に指示して、西区間の換気防災(六ブロック)の水噴霧鎖錠釦を押させて操作スイッチにより鎖錠を解き、グラフィックパネル上に水噴霧装置の放水が開始された表示が出たことを確認した。その際、ITVモニターで見ると放水によって煙の状況が変わった。次に、白石係員は右九ブロックの操作により東の水噴霧装置の鎖錠を解く操作をした。次に、井上係員に西区間の換気を逆転させるように指示し、同係員は右六ブロックの逆転鎖錠の釦を押し操作スイッチで鎖錠を解いた。白石係員は同様に右九ブロックで同様な操作をして東区間の換気を逆転させた。次に井上係員と分担してトンネル内の照明を全部点灯させた。以上の操作は同日午後六時四三分ころ終了した。本件車両火災現場を映していたのは三台のうち中央の共用のモニターであったが、右の操作終了後右モニターの画面は煙のため霧がかかったように白くなっていて火災自体は見えなくなっていた。同四五分ないし四六分、白石係員が一番下の本件トンネル専用モニターを使いカメラを切り換えて一番カメラから順に本件トンネル内の様子を見たところ、停車車両は大体二列に停止し、車のドアを開けている人や何人かが東坑口に向って歩いている姿が映し出された。しかし、その時把握した渋滞情況を管制室に連絡しなかった。その後、他のコントロール室係員や静岡管理事務所の職員等を招集する連絡を行った。午後七時二分ないし四分、まず本件トンネルの照明が軽故障であることを示すブザーが鳴り始め、故障箇所の表示灯が点滅した。その後右ブザー、重故障を示すベルが鳴り始め、複数の表示灯が点滅しだした。また、ITVモニターの画像も消えてしまった。そこで、点滅停止、表示復帰釦を押してみたが直らず、完全な故障状態であり、コントロール室では対処できないことがわかった。
本件事故当日残業していた杉山係員と依田係員は、午後六時五〇分ころ、西換気塔へ向けて被告の維持作業車の静岡三六号で出発し、一般道を経由して午後七時一五分ころ西換気塔に着いた。その際同換気塔から黒煙が出ていた。西換気塔内の火災受信盤をみると火災表示灯が消えており、水噴霧装置の作動箇所を示す表示灯が四箇所(四二、四四ないし四六)点灯し、ポンプ運転灯の赤いランプも消えていた。そこで、杉山係員は、手動操作に切り換えて操作してみたが変化がなく、徒歩で本件トンネル内に六〇メートルないし七〇メートル入ってみると、照明が消えていて、煙が大量に出ていた。同係員は、再び西換気塔にもどり、コントロール室の指示で依田係員を残して、午後七時三〇分ないし三五分に東換気塔に向かって出発し、同四〇分ないし四五分に東換気塔に着き、ポンプ室に入ってみるとポンプが止まっていたが、水位が中間であることを示す表示がついていたので、遠隔操作から現場操作に切り換えて、同四五分ころポンプを再起動させ、その旨をコントロール室と西換気塔に連絡した。起動後水槽の蓋をとって中の様子を見ると半分位水があることがわかった。また、静岡消防の消防隊に水の補給を依頼したところ、同消防隊は約三〇〇メートル難れた小坂川から中継して補給作業をした。しかしながら、午後八時五分ころ、水がなくなったため、ポンプが停止した。その後ある程度水が補給されるとポンプ運転を開始させ、なくなると停止させるという作業を二、三回繰り返した。
また、太田国雄は、被告より委託を受けて電気通信及び機械設備の保守点検を行っている日本高速道路施設管理株式会社の静岡作業主任であるが、自宅で夕食を食べていた午後六時四五分ころ、杉山係員から本件トンネルで事故があったから至急コントロール室に出勤するよう連絡があったので、マイカーを運転して午後七時一〇分ころコントロール室に出勤したところ、白石係員から西換気塔にいくよう指示されたので、同一五分ころ、会社の点検車を運転して西換気塔に向かい出発し、同五〇分ころ到着した。
そして、太田国雄が西換気塔に到着したときには、依田係員が既に到着して計器類を点検していたが、防災設備の遠隔操作を制御する防災受信盤のヒューズが飛ぶ等の異常があったため、その原因究明のため、急拠本件トンネル内に侵入し、火災現場付近に近づいたところ、消防車等が消火活動をしているのを確認したが、自動弁などの防災設備が火力によって損傷を受けていて修理が不可能であると考えたため、一応、西換気塔に戻り、防災受信盤のヒューズの付け替えなどを試みたものの、すぐヒューズが焼け切れ、結局、防災受信盤の異常を解消することができなかった。
原田所長は、本件事故当時静岡管理事務所長として同事務所内にいたが、午後六時四〇分すぎ、杉山係員が「トンネル火災です。」といって事務所に飛び込んできたので、直ちにコントロール室へ行き、係員から事故の状況を聞くとともにテレビモニターを見たところ、テレビ画面の中央に炎らしいものが確認されたので、まず、同席していた中村助役を、人命救助、避難誘導等のため、本件トンネル内の火災現場に行くよう指示するとともに、自らはコントロール室でモニターテレビを見るなどしていたところ、午後七時〇四分ころ、急にブザーが鳴り、モニターテレビが消えるなど防災設備に故障が発生したので、約一〇分後、技術職員とともにライトバンに乗って出発し、当初は、静岡インターから入って東名高速道路下り線の路肩を進んだが、用宗付近まで進行してみると車両が渋滞していて本件トンネル内に進行することができないような状況であったため、転回して静岡インターまで戻り、それから一般道路を用いて本件トンネル西坑口から本件トンネルに進入し、午後八時ころ現場に到着し、車両火災の状況や消火活動の状況を具さに確認した後、上り線を走行するなどして東坑口と西坑口との間を何度も行き来して、消防、警察の飲料水の手配、死体搬送の手配、現場の視察、避難者の輸送、警察の検証の立ち合い、関係機関との連絡調整の指揮等に従事した。
(三) 東坑口付近などでの対応
前記<書証番号略>(但し後記措信しない部分を除く。)によると、以下の事実を認めることができ、<書証番号略>のうち、前記認定に反する部分は、前記<書証番号略>の記載に照らし信用できない。
静岡管理事務所内に待機していた交通管理隊の森竹隊員は、午後六時四〇分、管制室から火災発生の一斉通報を受け同四二分、静岡二号で、永関隊員とともに火災現場に向かって出動した。静岡インターチェンジから下り線の本線を進行すると、本件トンネル東坑口から約二キロメートル手前あたりから渋滞しはじめた。小坂トンネル手前の本件可変標示板には「進入禁止」「火災」の表示が出ていた。森竹隊員らは、本件トンネル東坑口にいた警察のパトロールカーに先導してもらい、停車車両に左右に回避してもらって、本件トンネル内に進入して約五三〇メートル前進したが、車両の混雑のため、それ以上の進行が不可能となったので停車した。そのとき天井板に白い煙が流れていたので、避難させた方がよいと判断し、同五三分に本件トンネル内の非常電話四番で管制室に連絡してから、トンネル外に避難するように車のマイクで放送した。四分間ないし五分間右の避難誘導活動をし、同五九分ころ管制室に非常電話を通じ消防車が到着した旨及び煙が多いのでガスマスクが必要である旨の連絡をした。そうしているうちに煙がひどくなったため、森竹隊員及び永関隊員は、退避しようとして静岡二号に乗り、本件トンネル東坑口の方に方向転換しようとしたところ、一九時〇四分ころ、本件トンネル内の照明が消えた。同人らは、なおも、方向転換を試みたが、煙が非常に濃くなり視界が遮られたことから、これを断念し、降車して、徒歩で、本件トンネル東坑口に向かったが、その途中の一九時一六分、本件トンネル内の非常電話二番で、管制室にその旨を伝え、その後、本件トンネル東坑口に到着したところ、入口部の常灯は点灯していた。森竹隊員は、本件東坑口を出たあたりで、警察及び消防と今後の対応を協議していたところ、右常灯も消えたが、右協議に基づいて、危険物の積載車両の調査をするとともに、永関隊員に対し、静岡側開口部に行き、同部を開けて車両を上り線に迂回させるよう指示した。森竹隊員は、約一時間右調査等を東坑口付近で行い、その後右開口部に行って、永関隊員、警察官及び被告の職員等と協力して車両のUターン作業をし、同月一二日の午前零時前後までに右開口部から本件トンネル内にかけて停滞している車両のうち約二〇〇台を上り線を経由して避難させて右作業を終了した。
五国賠法二条一項の責任
1 被告の責任の判断基準
被告は、日本道路交団法により、その通行又は利用について料金を徴収することができる道路の新設、改築、維持、修繕その他の管理を総合的かつ効率的に行うこと等によって道路の整備を促進し、円滑な交通に寄与することを目的として設立された法人であることは、同法一条、二条により明らかであり、弁論の全趣旨によれば、被告は、右業務として東名高速道路及び同道路と一体をなす日本坂トンネルを設置し、その管理を行っていることが認められるから、本件トンネルの設置又は管理に瑕疵があり、その瑕疵によって他人に損害が発生した場合には、国賠法二条一項によって、他人にその損害を賠償する責めに任ずべきものであることはいうまでもない。
ところで、国賠法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態をいうが、そこにいう安全性の欠如とは、当該営造物を構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によって他人に危害を生じさせる危険性がある場合のみならず、その営造物が供用目的に沿って利用されるに際する危険防止のための措置についての不備ないし欠陥によって、他人に危害を生じさせる危険性がある場合も含むと解すべきであるから、本件においては、本件トンネル安全設備等に物理的、外形的な瑕疵があるときのみならず、その防災設備及びその管理運用体制の瑕疵によって、その利用者に危害を生じさせたときは、それが右設置管理者の予測しえない事由によるものでない限り、同法二条一項の規定による責任を免れないものというべきである。
そして、通常有すべき安全性を欠いているか否かを判断するにあたっては、当該事故発生時を基準として、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等の諸般の事情を総合考慮して、具体的、個別的に社会通念に基づいて判断すべきものであるところ、本件のように有料高速道路上の長大トンネルにおいて車両の衝突事故等に起因して発生した車両等の延焼火災事故に際する防災設備及びその管理体制の瑕疵の存否については、高速道路一般の特性、すなわち右道路は車両の高速走行(概ね時速一〇〇キロメートル)を目的とすること、右道路上車両の走行が一方通行であること、右道路には交通整理用の信号機は存在しないこと、右道路と一般道路との互換通行が原則として遮断されていること、右道路上と外部との情報伝達はパーキングエリア等特定の場所を除き遮断されていること、その利用は有料であることの他、具体的に、本件トンネルの長さ、構造、その周辺の高速道路の構造、本件トンネル内に設置されていた防災設備の内容とその運営体制、本件トンネル及びその周辺道路における過去の事故・火災・延焼火災の状況、類似施設上での事故・火災・延焼事故の状況、本件トンネルの交通量、通行車両の種類、その積載物の種類等諸般の事情を具体的に総合考慮して判断すべきであるところ、本件トンネルは、二〇四五メートルの全国屈指の長大トンネルで、上り線と分離された別トンネルとなっており、車両の走行が一方通行であること、本件トンネルには車両が通行できるような路側帯はなく、本件トンネル内から一般車両が外に出る施設としては、坑口があるのみであって、本件トンネル周辺の一般道との互換通行口としては、東側の静岡インターチェンジ及び西側の焼津インターチェンジしかなく、消防車及びパトカーも右インターチェンジを通って出入りせざるをえない構造となっていることは前判示のとおりであり、本件トンネル内に設置されていた防災設備の内容と、その運営体制、本件トンネル及びその周辺道路における過去の事故・火災・延焼火災の状況、類似施設上での事故・火災・延焼事故の状況及び本件トンネルの交通量、通行車両の種類、その積載物の種類等は後記認定のとおりであるから、本件トンネルにおいて車両の衝突事故等により火災が発生した場合、初期消火はいうに及ばず、初期の適切な通報並びに後続車両の進入の防止及び迅速・適切な退避等に効を奏しないと、本件事故のような延焼火災が発生する危険の高い構造、利用状況であったというべく、本件事故発生当時、社会通念上要請される初期消火、初期の適切な事故、火災及びその周辺の状況の把握、その適切な通報、後続車両の進入の防止及び迅速・適切な退避等をなしうるような物的施設及びその管理運用体制を当然具備する必要があったと解すべきである。
なお、本件トンネルは、そもそも人工的に安全性を備えた物として設置され管理者である被告の供用開始行為によって公共の用に供された営造物であるが、その瑕疵の存否を判断するに当っては、本件トンネルが設置された当時におけるトンネルの安全体制についての技術的水準及び技術的実施可能性のみに基づいて判断すべきものではなく、その後の事情の変動により本件トンネル内において車両の衝突事故等に起因して火災等が発生する危険性が顕著となったときには、本件トンネルの安全性を確保する物的施設及びその管理運用体制に関する技術等の進歩向上によりこれを当然改修・更新ないし整備等することによって当該危険性を回避しなければならないというべく、そのために本件トンネルの設置管理者である被告において負担することが必要となる費用が多額となって予算措置上あるいは財政的制約上困難を来たすことがあっても、このことから直ちに本件トンネルの設置管理の瑕疵によって生じた損害の賠償責任を免れうるものと解すべきではないというべきである。
2 車両火災等の予見可能性
(一) 請求原因5(二)のうち、昭和四七年から昭和五四年にかけて大型車の増加が顕著であり、それによって事故発生の危険性が増大したこと、燃焼を開始すると危険な可燃物を積載した車両は、全車両の2.4パーセントをはるかに超えるものであったこと、本件トンネル内で車両火災が発生した場合、後退避難不能の後続車両が類焼することは当然予見可能であったことを除く、その余の事実は当事者間に争いがない。
(二) 右争いのない事実に<書証番号略>を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(1) 交通量
東名高速道路が全線供用開始の昭和四四年から本件事故のあった昭和五四年までの年度別の通行台数は別表(一)のとおりであり、同表によると昭和四四年から昭和五四年までの間、昭和五〇年及び昭和五四年を除いていずれの年も前年より通行量が増加し、昭和五三年には九七二三万七五〇九台に達し、前記のとおり昭和四四年と五四年とを比較すると2.27倍強の通行量の増加を示していた。なお、昭和五〇年の減少はいわゆるオイル・ショックの影響によるものであり、昭和五四年の減少は本件事故による通行止めの影響によるものと考えられる。被告の東京第一管理局が所管する東京インターチェンジから三ケ日インターチェンジまでの区間における一日当たりの平均交通量を昭和四五年から昭和五四年までについてみると別表(二)のとおりであり、同表によると日本坂トンネルの所在する静岡インターチェンジと焼津インターチェンジ間においては、東名高速道路の全体の交通量と同様昭和四五年から昭和五四年までの間、昭和五〇年及び昭和五四年を除いていずれの年も前年より通行量が増加し、昭和五三年には五万五八一七台に達し、前記のとおり昭和四四年と五四年とを比較すると1.56倍を超える通行量の増加を示していた。
東名高速道路の道路総幅員は六車線32.6メートルのところと四車線25.5メートルのところとがあり、神奈川県厚木市と愛知県小牧市との間311.7キロメートルは四車線であった。また、四車線区間での交通容量は一日当たり四万八〇〇〇台とされていた。なお、この設計交通容量四万八〇〇〇台という数字は通年で渋滞なく定常走行が可能となる台数であって、四車線で設計速度時速一〇〇キロメートルの場合には、可能交通容量が一時間当たり三一〇〇台、一日当たり六万三〇〇〇台であるから、設計交通容量を超えていたからとしても直ちに高速道路としての機能を失ったり、安全性に支障がでるわけではなかった。
(2) 車種別交通量
東名高速道路全線における車種別平均交通量を昭和四七年度から昭和五四年度までにみると、別表(三)のとおりであって、同期間においては普通車の比率が毎年低下し、大型車及び特大車の比率が少しずつではあるが上昇していた。被告が昭和五四年一一月一三日及び一四日に行った調査によると、東名高速道路の大井松田インターチェンジから焼津インターチェンジ間に通行する車両のうち、石油類等の危険物を積載している車両は、全車両の2.4パーセントであった。
(3) 事故件数
東名高速道路の東京インターチェンジから三ケ日インターチェンジ間における本線上の事故件数を昭和四五年から昭和五四年までについてみると、別表(四)のとおりであって、昭和四五年に二五七九件発生し、その後漸増して昭和四八年に三四四七件に達したのをピークとして、その後は二四七三件ないし二七〇六件の間を推移し、昭和五四年には二三五四件であった。静岡インターチェンジ・焼津インターチェンジ間についても同様の傾向であり、昭和四五年に一二一件発生し、その後漸増して昭和四八年に二一一件に達したのをピークとして、その後は一五〇件ないし一六四件の間を推移し、昭和五四年には一二一件であった。
(4) 事故率
東名高速道路の東京インターチェンジから三ケ日インターチェンジ間における本線上の事故率(車両一台が一億キロメートル走行した場合に換算して計算した事故の発生件数、以下同じ。)を昭和四五年から昭和五四年までについてみると、別表(五)のとおりであって、昭和四五年に97.7件と最高の発生率を示したが、その後は昭和四六年に94.1件、昭和四七年に91.3件、昭和四八年に78.8件、昭和四九年に63.2件、昭和五〇年に60.8件、昭和五一年に62.5件、昭和五二年に59.8件、昭和五三年に54.8件、昭和五四年に47.8件と昭和五一年を除いては一貫して低下し、昭和四五年と昭和五四年とを比較すると発生率は半減した。しかしながら、静岡インターチェンジ・焼津インターチェンジ間については全体の傾向とは異なり、昭和四五年に89.4件、昭和四六年に83.3件、昭和四七年に82.7件、昭和四八年に92.8件、昭和四九年に68.7件、昭和五〇年に70.3件、昭和五一年に74.7件、昭和五二年に69.1件、昭和五三年に64.9件、昭和五四年に57.1件であり、昭和四八年に最高値を示してからは昭和五三年まで64.9件ないし74.7件の間を推移し、昭和五四年に初めて57.1件と六〇件を切る発生率となったが、昭和四八年以降は毎年全体の発生率を上回り、昭和五〇年以降については約一〇件の開きがあった。
(5) 車両火災事故
前述の事故件数のうち、車両火災の件数及び原因は、別表(六)及び(七)のとおりであり、昭和四五年から昭和五四年の間の合計は三三〇件、年平均三三件であり、昭和四五年には五五件であったものがほぼ減少傾向をたどり昭和五〇年には一三件まで減少したが、その後再び増加傾向となり昭和五四年には二九件であった。静岡インターチェンジ・焼津インターチェンジ間では合計一八件発生したが特徴的な傾向はみられず、発生しない年もあり、最高でも昭和四八年の五件であった。また、前記三三〇件のうち追突事故等の車両相互の事故を原因とするものは合計八件であり、九割以上の三〇二件が車両の整備不良によるエンジン、マフラーの過熱等によるものであった。
(6) トンネル内の事故件数・事故率
東名高速道路の東京インターチェンジから三ケ日インターチェンジ間には合計九のトンネルがあったが、そのうち二〇〇〇メートルを超えるのは日本坂トンネルの上下線のみであり、一〇〇〇メートルを超えるのは都夫良野トンネル上下線であった。右九のトンネル内で昭和四七年から昭和五四年までに発生した事故件数は別表(八)のとおり合計九三八件であり、年別では八八件ないし一四三件の間を推移していた。日本坂トンネルについては合計二九三件、年別では二七件ないし四七件の間を推移していたが、右二九三件のうち上り線トンネル内で発生したものが一一四件であるのに対し、本件トンネル内で発生したものが一七九件と多かったのが特徴的であった。本件トンネル内で発生した事故のうち、車両相互の事故は昭和五一年に二五件、昭和五二年に一五件、昭和五三年に二四件、昭和五四年に一三件であった。また、右九のトンネル内の事故率は別表(九)のとおりであり、本件トンネルについては昭和四七年に四七件、昭和四八年に一五七件、昭和四九年に一六七件、昭和五〇年に七七件、昭和五一年に一七六件、昭和五二年に九四件、昭和五三年に一二二件、昭和五四年に八二件と、昭和四七年を除いてはいずれの年も前記認定の東名高速道路の東京インターチェンジから三ケ日インターチェンジ間における本線上の事故率及び静岡インターチェンジ・焼津インターチェンジ間における事故率を上回っており、昭和五一年のように二倍を超えることもあった。
(7) トンネル内車両火災
① トンネル内車両火災の概要
被告が管理するトンネル内で発生した車両火災のうち、昭和三八年九月から本件事故までに発生したものの火災の概要は別表(一〇)のとおりである。車両相互間の事故が出火原因となったものは、後記の関門トンネル事故(同表中では番号5)、昭和四六年八月一一日に発生した東名高速道路下り線興津トンネルの事故(同表中では番号12)及び昭和五二年一二月八日に発生した名神高速道路下り線の梶原トンネルの事故(同表中では番号19)の三件であった。なお、高速道路トンネル内の火災の発生率は、統計上0.4ないし0.5件であって、事故率と比較するときわめて低い発生率であった。
② トンネル内延焼火災の具体例
日本坂トンネルの設置までに、次のようなトンネル内における延焼火災事故がわが国の内外で発生していた。
ア ホランドトンネル事故
昭和二四年五月一三日、アメリカ合衆国のニューヨークとニュージャージー間のハドソン川の河底トンネルであるホランドトンネル南トンネル(延長二七八三メートル、二車線の一方通行トンネル)で火災事故が発生した。この火災は、ニュージャージー坑口から八八〇メートル入った地点で、二硫化炭素を詰めたドラム缶八〇本を満載した大型トレーラートラックのドラム缶が爆発したことにより発生した。ドラム缶の爆発を知った運転手は直ちに高速車線側に寄せて停止したが、ドラム缶から吹き出す火炎のため後続のトラックは事故車の横を通過できず、四台のトラックが火点に集中し、計五台のトラックが炎上した。さらに、約一〇〇メートル後方に停止した五台の車両にも火が移り、計一〇台の車両が燃えた。この火災により死者は出なかったが、負傷者は六六名で大半はガス中毒であった。このホランドトンネル事故は、危険物輸送車が起こした事故であり、トンネルの防火対策に大きな影響を与えた有名な火災であった。
イ 鈴鹿トンネル事故
昭和四二年三月六日、国道一号線の滋賀県と三重県境に設けられた長さ二四五メートルの鈴鹿トンネルの三重県側坑口から三一メートル進入した地点で車両火災が発生し、右火災は対向車線に停車していた車両に引火してその後続車両に次々に燃え移り、出火原因車を含め合計一三台の貨物自動車が焼毀した。この火災の出火原因は車両間の事故からではなくエンジン部からの出火であり、出火原因車の積荷は合成樹脂のアイスクリーム容器であった。出火原因車の運転手が他の車両の運転手から消化器を借りて消火しようとしたが、消化器の使用方法がわからず役立たなかった。出火から火勢が弱まるまで一七時間余りを要した。
ウ 関門トンネル事故
昭和四二年八月一一日、長さ三四六一メートルの関門国道トンネルの上り線門司側坑口から一五〇〇メートルの地点で衝突事故が発生し、燃料タンクが破損してガソリンが流出して発火する事故が発生した。直ちに運転手と現場にいた交通管理員が消火器によって消火作業を行った結果、右火災は六分後に鎮火し、事故関係車両の普通貨物自動車一台の半焼にとどまり、他車への延焼は免れた。
③ 危険物積載車両の通行について
わが国において、危険物等を積載する車両の通行を規制しているのは、水底トンネル及び水底トンネルに類するトンネル(水際にあるトンネルで当該トンネルの路面の高さが水面の高さ以下のもの又は長さ五〇〇〇メートル以上のトンネル)だけであって(道路法四六条三項、道路法施行規則四条の六)、日本坂トンネルについてはなんら規制はなかった。
(三) 以上認定の交通量、事故件数、事故率、車両火災事故、トンネル内の事故率、事故件数、トンネル内車両火災の具体例に鑑みると、本件トンネル内において、通行車両の衝突事故が発生した場合には、燃料や積荷に引火して車両火災が起き、、その後続に渋滞車両が存すれば、延焼火災の起きうることは、被告として当然容易に予見しうるものであるというべく、加えて本件トンネルが長さ二〇四五メートルの長大トンネルであって、消防車等は焼津ないし静岡のインターチェンジを経て東名高速道路に進入し、本件トンネル内の火災現場に到達するしか方法がないこと、本件トンネル内で発生した火災等を回避するため車両が退避する方法も右と同様の方法に限られていること、危険物積載車両の通行が特に制限されていなかったこと等前判示の事情も合わせ考えると、車両火災が発生した際の初期消火が不適切であり、また、後続車両等に対し迅速かつ的確な情報を提供する等して適切な対応策を講じなければ、後続車両等に延焼し、その乗員等の生命、身体又は財産に危害を及ぼすことがありうることもまた予見していたか又は容易に予見することができたものであり、ひいては本件事故についても、その事故の状況からして、被告には、予見可能性があったというべきである。
3 防災設備に関する設置基準
トンネルについては、以下に認定するようにその特殊性から通常の道路と比較すると事故の発生防止及び発生した事故の拡大防止について法令及び行政上特段の配慮がされていたのであり、被告もそれに対応して独自の基準を設定していた。
(一) 法令・行政上の規制
<書証番号略>によると、トンネルにおける非常用施設の設置基準として、法令及び行政上の規制において、以下のように定められていたことを認めることができる。
(1) 昭和四二年四月一四日局長通達
トンネルにおける非常用施設について行政上の取扱い基準として最初に通達されたものは、昭和四二年四月一四日局長通達であった。この通達は、トンネルを交通量及び延長によってAからDまでの等級に分類し、その等級に応じて備えるべき非常用施設を定めていた。日本坂トンネルはA級トンネルに該当したが、A級トンネルについては、非常用警報装置、通報装置、消火器及び消火栓を設けることとし、また、換気施設を設けるトンネルにあっては、これに火災時の排煙機能を付加するものと定められたが、各設備の仕様等については、定められていなかった。
(2) 昭和四二年四月一八日局長通達
昭和四二年四月一七日総理府に置かれた交通対策本部は、「トンネル等における自動車の火災事故防止に関する具体的対策について」を決定したが、そのうちトンネルにおける消火・警報設備等の整備充実の項は、昭和四二年四月一四日局長通達と同様の内容のほかに、トンネルの付近に道路維持用の水槽等の水利を設置する場合においては、これらの水利を消火用水利として活用できるよう配慮するものとするとの項が付加された。右交通対策本部の決定を受けて、建設省道路局長は、同月一八日に昭和四二年四月一八日局長通達を発したが、その内容は、①トンネルに設ける消火・警報設備等は、道路の構造の一部であるから、道路管理者において、その整備充実を図ること、②トンネル内に設ける消火・警報設備等の設置基準は、昭和四二年四月一四日局長通達によること、③消火・警報設備等の種類、規格、具体的な設置要領等については、別塗指示する予定である、というものであった。
(3) 昭和四二年八月四日課長通達
昭和四二年八月四日建設省道路局企画課長は、被告の担当部長に宛てて昭和四二年八月四日課長通達を発したが、この通達は、昭和四二年四月一四日局長通達の設置基準に定める非常用施設に関する標準仕様を定めたものであって、その内容の大要は、別紙比較表の昭和四二年八月四日課長通達欄記載のとおりであった。なお、右課長通達による非常警報装置の標準仕様のうち、別紙比較表に※を付けたものは、昭和四三年一二月七日課長通達によって改訂された。
(4) 昭和四三年一二月七日課長通達
昭和四三年一二月七日建設省道路局企画課長は、被告の担当部長に宛てて昭和四三年一二月七日課長通達を発したが、この通達は、昭和四二年八月四日課長通達の標準仕様のうち非常警報装置についての標準仕様を改訂したものであって、その内容の大要は、別紙比較表の昭和四三年一二月七日課長通達欄記載のとおりであった。主な改訂は、昭和四二年八月四日課長通達では非常警報装置のうち音による警報として警鐘(電鐘式)が定められていたのをサイレンとしたほか、警報装置の規格をより詳細にしたことであった。
(5) 道路構造令の制定
昭和四五年一〇月二九日制定された道路構造令(政令第三二〇号)によって、初めて法令上トンネルの防災設備について規定が設けられた。同令三四条三項は、「トンネルにおける車両の火災その他の事故により交通に危険を及ぼすおそれがある場合においては、必要に応じ、通報施設、警報施設、消火施設その他の非常用施設を設けるものとする。」と規定していたが、その具体的な設置基準等についてはなんら規定するところがなかった。
(6) 昭和四九年一一月二九日局長通達
昭和四九年一一月二九日建設省都市局長・道路局長は、被告の総裁に宛てて昭和四九年一一月二九日局長通達を発した。右通達は、昭和四二年四月一四日局長通達を廃止し、道路トンネルの建設並びに維持管理をするのに必要な技術基準を新たに定めた。この技術基準のうち非常用施設については、その種類として通報装置、非常警報装置、消火設備及びその他の設備(排煙設備、避難設備、誘導設備、非常用電源設備等)とし、トンネルの等級をその延長及び交通量に応じて四段階(A、B、C、D)に区分し、その等級に応じて非常用施設を設けるものとした。日本坂トンネルが該当するA等級のトンネルには、通報装置、非常警報装置及び消火設備(消火器及び消火栓)を設けることとしていた。各装置・設備についての大要は、別紙比較表の昭和四九年一一月二九日局長通達欄記載のとおりであった。
(二) 被告の基準
<書証番号略>によると、トンネルにおける非常用施設の設置基準として、被告において、以下のように定められていたことを認めることができる。
(1) 暫定基準
被告は、昭和四二年四月一四日局長通達及び昭和四二年八月四日課長通達を参酌し、昭和四二年八月、「道路トンネル内の自動車火災事故等非常時における交通の安全を図るため、トンネルに設置する消火、警報設備等の防災設備の計画、設計を行うに必要な一般的、技術的水準を定めることを目的」として暫定基準を定めたが、その内容の概略は、以下のとおりである。
① 警報設備
警報設備はトンネルの両側坑門附近において視覚及び聴覚により後続車に非常警報等を発する機能を有し、通報設備と連動して作動することを原則とする。警報設備としては次のものが考えられる。
ア 電光標示板
トンネル内の状況(火災発生、事故発生、作業中等)及びこれに対する適切な指示(進入禁止、徐行等)を電光表示によって通行車両に与える装置で、信号灯、サイレン、ブザー等との組合せが考えられる。その設置場所は、高速道路等にあってはトンネルの手前一五〇メートルの地点とする。
イ 内部照明式標示板
トンネル内の状況(火災発生、事故発生、作業中等)及びこれに対する適切な指示(進入禁止、徐行等)を内部照明式の標示板によって通行車両に与える装置で、信号灯、サイレン、ブザー等との組合せが考えられる。
② 通報設備
通報設備は火災その他非常の際に、その原因者あるいは発見者が、又は自動的に、トンネル管理所(道路管理所)、消防署、警察署等必要な個所に連絡する機能を有するもので、警報設備と連動させることが望ましい。通報設備として次のものが考えられる。
ア 手動通報設備
手動通報設備は手動通報機(押しボタン式通報機、電話等)及び受信機(盤)で構成され、火災その他非常の際に、原因者あるいは発見者が手動通報機を操作し、トンネル内での非常事態発生、並びに必要があれば、その位置を受信機(盤)によって報知し、警報指令を行う装置である。また、手動通報機の取付個所には標示灯又は表示板を設けることを原則とする。
イ 自動通報設備
自動通報設備は火災感知器と受信機(盤)で構成され、火災を自動的に感知し、火災の発生並びにその位置を受信機(盤)によって報知し、警報指令を行う装置で、必要があれば、換気ファンの切換え、水噴霧設備の起動等の制御を行うことが出来る機能を有するものが望ましい。また、火災感知器は誤動作のおそれのない、適正な感度のものを合理的に取り付けるものとする。
ウ 受信機(盤)
受信機(盤)の設置場所はトンネル管理所又は道路管理事務所(道路維持事務所)等、人が常駐して受信、監視、処理、保守を行うに便利な場所とする。
③ 消火栓設備
消火栓は、消火器同様、初期消火及び火災の拡大を防ぐために使用するもので、トンネル内では、開閉弁及びホース接続口に連結したホース、筒先が消火栓ボックス内に格納され、使用時開閉弁を開くと直ちに放水できる状態になければならない。また、必要があれば、トンネル外の坑口附近に消防車用屋外消火栓設備を設置することが望ましい。
(2) 標準仕様
被告は昭和四三年四月に被告の標準仕様を定めた。これは、被告が高速道路調査会に対して「トンネル防災設備に関する研究」の委託をし、道路技術研究会トンネル研究小委員会のトンネル防災分科会に専門委員会を設けて行った調査研究の結果をとりまとめたものであるが、当時前記鈴鹿トンネル事故を契機に各方面において検討されていたトンネル火災事故に対する対策、被告が受けていた昭和四二年四月一四日局長通達及び昭和四二年八月四日課長通達並びに被告の暫定基準等をふまえて、トンネル内の火災事故を主な対象とし、トンネル防災設備の集大成としてまとめられたものである。
被告の標準仕様の内容で、被告の暫定基準と異なる点ないしは明確にされた点の主要なものの概略は、以下のとおりであった。
① トンネルには、自動車火災事故その他非常の際における危険を防止するため、トンネルの等級に応じ、次の事項に関して必要な防災設備を設け、適切な運用、管理を行わねばならないとされ、その事項として、ア事故発生等の情報を迅速かつ適確に把握しうること(通報設備)、イ事故発生の際通行車に対する警報その他適切な指示を行いうること(非常警報設備)、ウ事故の拡大を防ぎ、事態を速やかに収拾しうる用意のあること(消火設備、退避設備、排煙設備)があげられていた。
② 具体的設備
ア 火災検知器
火災検知器はふく射式検知器又は熱式検知器を用いることを原則とする。ふく射式検知器は、その警戒範囲内において一メートル四方の火皿で自動車用ガソリンを燃焼した場合、点火後三〇秒以内に作動するものであり、かつ、検知器取付位置の環境光、又は走行車両のヘッドライト、緊急自動車の警戒灯等によって非火災報を発したり、作動不能の状態にならないことが必要である。また、火災検知器の動作によりトンネル内水噴霧装置及び非常警報装置等を連動で制御する場合等トンネルの特殊性を考えると、火災警報に対する信頼性が非常に高く要求される。したがって火災検知器が二つ以上同時に動作したときに警報を出すようにする等、管理所の受信機で検知器の機能を容易に試験出来る等の確認方式を考慮することが望ましい。検知器の故障、電路の故障等により誤報を出さないよう受信機に於てペア回路を構造する等信頼性を高める配慮をしておくことが好ましい。また、特にトンネル内水噴霧装置と連動する場合には走行中の車両に対して注水し、そのために事故を起こすことのないよう、充分な配慮が必要である。
イ 非常警報設備
非常警報設備は、トンネルにおける自動車火災事故等の発生を後続車等に報知、警報し、それに伴う二次災害を軽減することを目的として、運転者の視覚及び聴覚に警報を与える固定設備である。多くのトンネルは、辺ぴな山間部や自動車専用道路にあり、一般に自動車の停車を要求されることがないと考えがちであるので、単に視覚による警報表示だけでなく音信号発生装置による聴覚信号を併用することが望ましい。非常警報設備は事故発生と同時に作動すべきものであるので、通報設備と直接連動させることを原則とするが、管理所等で適切な処置をとり得る場合は間接的に人を介して作動させることも出来る。
ウ 音信号発生装置
音信号発生装置は警報表示板とともに動作し、運転者に非常警報を与えるもので、サイレン、電鐘等が考えられ、前方二〇メートルの位置において一一〇ないし一二〇ホンの大きさを有し、指向角は三〇度以上とすること、同装置は原則として警報表示板の前方に設けること。
エ 消火設備
消火設備はトンネルにおける自動車火災を迅速有効に消火し、又は火災の拡大を防ぐために設けるものであり、これらには、消火器、消火栓設備及び水噴霧設備等がある。
オ 消火栓
消火栓設備は、貯水槽、消火ポンプ、給水管、消火栓(開閉弁、ホース接続口)、ホース及び筒先により構成される。各消火栓から直ちにどの地点へも到達出来るよう、三〇メートルのホースをホース接続口に連結して消火栓箱に格納し、火災の際、ホースを容易に引き伸ばして、開閉弁を開けば直ちに放水出来る状態にしておかなければならない。
カ 水噴霧設備
水噴霧設備は、給水本管より分岐した枝管に水噴霧ヘッドを固定し、水を噴霧状に放射して火災を抑圧もしくは消火又は火熱からトンネル施設を冷却保護してその延焼を防止するためのもので、通常の防水ノズルの水粒に比して粒径が小さく、水を経済的効果的に利用できる。しかし、水噴霧により引火点の高い絶縁油、潤滑油、重油等は消火できるが、ガソリンのような引火点の低い油は水噴霧のみでは完全消火は不可能である。ガソリン火災については、噴霧注水の実験結果から、ガソリン火災一平方メートル毎分六リットルの割合で放水すれば火災の燃焼速度、拡大速度及び発生熱量を抑制することが出来る。水噴霧設備は本来、初期消火の段階で作動すべきものであり、通報設備との連動により、自動的に制御放水されることを原則とし、したがって、制御装置は自動式をたてまえとするが、検知器の信頼性、火点の移動による放水区画の適正選択等を考慮して、手動装置を併置し、管理者等が火災を確認し適切な処置を行いうるよう管理事務所等へ手続装置を設けることが望ましい。貯水量は、一つの放水区画に対して、床面積一平方メートルにつき毎分六リットルの放水量で約四〇分間放水するものとすれば水噴霧用の貯水量は約一〇〇立方メートルが必要となる。
(3) 設置要領
被告は、高速道路調査会が昭和四六年九月に従来の研究成果、設置経験等をもとに作成発表した「トンネル防災設備設置指針」が被告のトンネルの条件を考慮していない点があるためこれを是正する要があり、また、全体の内容を検討するため、トンネル防災設備設置指針検討委員会を設置して検討し、その結果を昭和四七年七月に被告の設置要領としてまとめたが、その内容のうち注目すべき事項の概略は、以下のとおりであった。
① 高速道路で延長一五〇〇メートル程度以上のトンネル内には水噴霧装置、給水栓等を設けることが望ましい。
② 水噴霧設備制御方式について詳細な指針が打ち出された。「放水制御方式は自動式と手動式に分類される。自動式とは検知器の動作信号などにより消火ポンプの起動及び火災発生地点の自動弁の「開」を自動的に行うものである。この方式は二個の検知器の動作又は火災時に異常値を示す他の機器との組合せ動作などにより自動的な確認が得られる場合に限定される。手動式とは火災現場で手動弁にて「開」にしたり、あるいは検知器の動作信号、非常通報機及び非常電話などにより火災の発生を知り、ITVなどで確認してから当該放水区間に放水する方式である。手動式放水制御方式は、その系統を火災通報、火災確認、放水指令に分類することができる。火災通報には、火災検知器、非常電話などが考えられる。火災確認には、ITV、非常通報機、非常電話などが考えられる。放水指令には消火ポンプを自動起動させた後、火災報知器などによって放水区画を選定した当該自動弁のロック解除操作をしたり、又は消火ポンプを手動起動させた後、火災受信盤による放水区画選択押ボタンの操作、及び火災発生地点での手動による開放操作などが考えられる。火災検知器→ITV→自動弁ロック解除(管理所)という方式は、火災の発生及び火災現場を検知器の動作によって捕らえ、自動的に消火ポンプを起動し、開放すべき自動弁の選択を完了するが、この時点で管理者が火災を確認してから、ロック装置を解除し、放水開始するものである。したがって、この案は管理者が常駐し、ITVなどによって火災の発生を確認できる場合には、最も信頼性の高いものと考えられる。水噴霧設備は本来、通報施設からの信号を受けて放水区画を自動的に選択し、制御放水すべきであるが、火災地点の移動による放水区画の人為的な切換などを考慮して手動式制御方式を併置することを原則とする。同時に、水噴霧設備を設置するトンネルにあっては、ITVなど、火災の発生を確認すべきものを設けるように計画、配慮すべきであろう。」
③ 以下のような、ITV設備の規定が設けられた。「トンネル内の交通流監視、交通事故・火災事故の早期発見、火災地点の確認等のためITV設備が設置されることが望まれる。特に水噴霧設備を設けているようなトンネルにあってはITV設備を設けるべきであろう。ITV設備の設置にあたっては以下の点に留意すべきである。ITVカメラは一五〇ないし二〇〇メートルの間隔で設置する。ITVカメラで視認できる範囲はトンネル内部の照度などの条件のほかに、カメラレンズの焦点距離が重要な要素となっている。ITVの画像は点(画素という。)の集合で構成されているため、カメラ中の撮像管上にピントを結んでいる画像がある程度小さくなると画のキメが荒くなるため画像の判別はつかなくなる。このため広い範囲にわたって見ようとすると長焦点のレンズを使わなければならず、また、こうすると画像の重なりや手前が見えなくなるという欠点がでるため、この妥協点としてレンズ焦点距離五〇ないし七〇ミリメートル、カメラ間隔一五〇ないし二〇〇メートルがとられる。一方通行のトンネルでは、カメラの向きは走行車を追う向きとする。カメラ、モニター、伝送線路などは保守負担の軽いものでなければならない。トンネル内は煤煙が多く、光学系が汚れやすいし、電子部品にとっても悪い環境なので、画像の不鮮明や機器障害が多いことを覚悟せねばならない。カメラの掃除、点検、修理をトンネル内で行うことは危険かつ厄介なことなので特に保守ができる限り軽減されるよう計画しなければならない。」
④ 放送設備についても、以下のような規定がおかれた。「本装置は、非常事態の発生を出来る限り広範囲に徹底させるため、音波及び電波により運転者に伝えるものである。音波の場合はトンネル内にスピーカーを設置するのだが音の残響のため明瞭度が落ちやすいのでスピーカー一個当たりの音響出力はある程度しぼり多数のスピーカーを設置しなければならない。スピーカーの設置間隔は最大二〇〇メートル、一個当たりの電気入力は標準一〇ワット位が適当である。電波の場合はトンネル内にケーブルを張り各放送電波をトンネル内に再送信するのだが、トンネル進入以前にどの放送局を聴取していても情報伝達が可能なように附近で通常聴取出来る全ての放送局の周波数を備えておく必要がある。
(4) 追加設計要領
被告は、昭和五四年六月八日、昭和四四年一二月三日付け被告の設計要領に「(4)トンネル防災設備」を追加し、同日から実施した(被告の追加設計要領)。その内容のうち注目すべき事項の概略は、以下のとおりであった。
① 「トンネルの防災設備の規模を定めるもととなる条件としては、トンネルの延長、線形、設計速度、交通量、幅員構成、換気方式、照明、交通形態及び管理体制などがあげられる。設置計画にあたっては、これらの条件を総合的に検討評価して、そのトンネル火災事故の頻度と規模を求め、これに応じた防災システムを設計するのが望ましいと考えられる。しかし、これらの諸条件をすべて対応させて、その規模を定めることは、大へん複雑であり、かつ困難であるから、火災事故と交通事故の両面から検討して設備規模を変化させていくのが妥当と思われる。」
② トンネルの防災設備の種類は、ア通報設備、イ非常警報設備、ウ消火設備、エその他設備(排煙設備、避難設備、非常駐車帯、誘導設備、非常用電源設備等)とし、非常警報設備として、ア警報標示板、イ点滅灯・警告灯、ウ音信号発生装置、消火設備として、ア消火器、イ消火栓、ウ給水栓、エ水噴霧設備、その他設備として、ア排煙設備、イ避難設備、ウ非常駐車帯、エ誘導設備、オITV設備、カ非常用照明設備、キ非常用電源設備(自家発電設備、無停電電源設備)とされ、次のように規定された。
ア 誘導設備は緊急時にトンネル内の利用者に避難設備、通報設備及び消火設備の場所及び方向を示し、人をそこまで誘導するための設備であり、避難連絡坑の位置を示す表示板と音声で伝達する拡声放送設備やラジオ再放送設備により情報を伝達する方式とがある。
イ ITV設備は、通報設備からトンネル内の異常事態発生の知らせを受け、その地点のカメラを駆動し、水噴霧、避難誘導などを行う場合のトンネル内の状況を把握し、適切な処置を行うためのものであり、平常時のトンネル内交通状況の監視にも利用できる。ITV設備について、火災検知器、手動通報機及び非常電話からの信号による自動起動とし、これらからの信号による自動起動は、モニターを含めた全体の電源をONにすると共に、自動的にその地点のカメラを選択し、管理事務所に警報を発するものとし、そのためにカメラは余熱式とする。
ウ 水噴霧設備は、トンネル管理者の遠隔操作により火勢の制圧及び延焼防止のために迅速な初期対策がとれる利点があり、消火活動、避難、救助活動を容易にするための設備で、作動させるにはITVでトンネル内状況を確認する必要があり、自動通報機と組み合わせた区間放水を行うのが望ましい。なお、設置にあたっては、過去の実施例や経済性等を十分考慮して決定する必要があるが、防災対策が特に重要と思われる長大トンネルや、特に交通量の多いトンネルなどに設ける必要がある。水噴霧の放水は、火災の発生を火災検知器の動作によって捕え、受信機で自動弁の選択及び消火ポンプを起動させ、管理者がITVにより火災地点を確認してから自動弁のロックを解除し、放水する方式が一般的である。自動弁の開放操作は、管理事務所、トンネル換気所及びトンネル内で行えるようにし、火災地点の移動等にも対処できるようにしておく必要がある。
③ 設備相互間の関連
防災機器は次の運転機能を有することを原則とする。「(1)非常警報設備の操作は、ITV等の設備を設置する場合には、遠方監視制御設備を介して管理事務所から行い、設置しない場合には、通報設備との自動連動又は非常電話や巡視員からの連絡を受けて管理事務所から遠方操作を行うものとする。(2)トンネル内水噴霧設備の放水区画操作は受信盤では全区画を検知器との自動連動及び手動操作にて行うことができるものとする。ただし、管理事務所からは、原則として、操作は行わないものとする。(3)消火栓設備の加圧ポンプの起動は消火栓箱内に設けた起動スイッチの操作により行う。」また、「非常警報設備の操作はトンネル内の状況を確認の上行うことが望ましいが、監視設備を設置しない場合には、自動又は手動通報機と自動連動して「進入禁止」「火災」又は「進入禁止」「事故」等の表示を行うものとする。ただし、管理事務所から遠方手動操作も行える必要がある。管理事務所から水噴霧設備の放水区画を全て制御できることが望ましいが、遠方監視制御設備が非常に高価になるので、放水区画の操作は検知器と自動連動にて、設定するものとする。ただし、長大トンネル及び海底トンネル等の特殊な場所は、管理事務所から遠方手動にて、放水区画の操作を行えることが望ましい。消火栓設備・水噴霧設備及びダクト冷却設備の加圧ポンプは消火栓箱の起動・停止スイッチあるいは自動通報機との連動にて動作する機構とし、管理事務所からの起動操作は原則として行わないものとする。ただし、坑口給水栓等の使用後停止操作を怠った場合のポンプ保護や火災検知器の誤動作による放水を早急に停止できるように管理事務所から遠方にて停止操作ができるものとする。」と規定された。
4 本件トンネルの瑕疵についての具体的検討
(一) 本件トンネルの防災設備の内容
本件トンネルの防災設備の内容及びこれと、昭和四二年八月四日課長通達、昭和四三年一二月七日課長通達及び昭和四九年一一月二九日局長通達の各通達に定める設備の内容及び仕様を対比すると、別紙比較表のとおりである。
(二) 設備に関する具体的な瑕疵
(1) 電線ケーブルの瑕疵
<書証番号略>、証人山田暉夫の証言によれば、本件トンネル内の照明設備・火災感知器・非常電話・監視用テレビ等の電気系統防災設備は、グループケーブル内の電線による電気回路で作動するような構造になっていたが、本件トンネル内の火災・延焼事故によって右ケーブルが火災の最終段階で焼損し、その機能を喪失に至ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。
しかしながら、本件トンネル内の火災の最終段階においては、トンネル内は摂氏八〇〇度ないし一〇〇〇度の高度になり、この高度のため本件トンネル内のケーブルが焼損したものであること前判示のとおりであるところ、本件事故当時、右のような高熱に耐えうるケーブルが開発、実用化されていたと認めるに足りる証拠はないから、本件トンネル内のケーブルに瑕疵があったとは認められない。
(2) ITVカメラの設置の瑕疵
原告らは、ITVカメラは方向を自由に変える構造になっていなかったこと、設置位置が道路面から三メートル二〇センチメートルと低かったこと及び設置台数が二〇〇メートル間隔では足りなかったことのため、火点の正確な位置及び火災の正確な状況の把握ができず、消防署等に対し適切な通報ないし情報提供ができなかったものであり、この点に瑕疵がある旨主張する。
しかし、ITVカメラは、もともと、本件トンネル内で発生した火災の存在を確認するとともに、コントロール室で遠隔操作できる防災設備を作動させて火点の位置を確認し、そのことを消防署等へ通報するために設置されているものであるから、右カメラのみによって精密な火点を特定することまで要しないものというべく、したがって、その設置間隔が二〇〇メートル程度であっても、その映像能力が二〇〇メートルであること前認定のとおりであるから、その設置台数が不足していたということはできない。また、カメラの方向を自由に変えられる構造になっていなかったことについては、本件においては、前記認定のとおり、九番カメラを選択した際すぐに火点を確認することができたものであるから、右カメラの構造上不備があったことにはならない。もっとも、火点の早期かつ正確な状況の把握という点からみれば、カメラ台数を増やし、カメラの方向を自由に変えることができるような構造にすることが望ましいことであろうが、そうすることがかえって、そのカメラの操作を複雑にし、火点の発見が遅れる危険もあるから、右のような措置を採ることが防災設備として最善であるとは断定できない。
さらに、カメラの設置位置の高さの点についても、本件トンネルの前記認定の構造からすれば、限界の高さに設置されていたものというべく、この点が瑕疵とはなりえない。
したがって、ITVカメラの設置に瑕疵があったとは認められない。
(3) 水噴霧に関する瑕疵
① まず、原告らは、本件事故に際し、水噴霧装置が作動しなかったことを理由に、水噴霧に関して瑕疵があった旨主張するが、本件火災現場付近の水噴霧装置が作動したことは前認定のとおりであるから、原告らのこの主張には理由がない。
② 次に、原告らは、水噴霧装置について、コントロール室がITV装置で火災を確認してから操作卓の鎖錠を解いて作動させるという構造、運用に瑕疵があった旨主張する。
しかし、前記認定のとおりの本件トンネル内の車両の通行状況、火災感知器の誤作動の可能性及び車両の高速走行中に水噴霧装置が突然作動した場合に起りうる危険も勘案すると、ITV装置で火災を確認したのちに、水噴霧器の鎖錠を解くという方法を採ることも止むをえないといわざるをえない。
もっとも、右のような方法をとる以上、初期消火の必要性に鑑み、設備及び運用体制上、ITV装置による火災発生の確認作業は、迅速に行われるようされることが不可欠であるというべきところ、この点からITV設備及びその運用についてみるに、昭和五四年六月八日実施された追加設計要領においては、火災通報器、手動通報器及び非常電話からの信号による自動起動とし、これらからの信号による自動起動は、モニターも含めた全体の電源をONにするとともに、自動的にその地点のカメラを選択するものとし、そのために、カメラは余熱式とする旨定められているが、本件トンネルにおいては、前記のように、ITVの起動及びカメラの選択は手動であるうえ、カメラも余熱式ではなく、電源を入れてカメラの画像が出るまで約四〇秒もかかる設備であったこと及びそうであるのに火災報知器が鳴るなどしてからカメラを点灯する運用となっていたことが認められるから、そのような設備及び運用を前提とするならば、火点の確認を一刻も早くするため、常時、カメラを点灯しておくことはもとより、グラフィックパネルに表示された火災の発生場所に対応するカメラに素早く移動させることができるよう係員を指導し訓練しておく必要があったというべきである。
しかるに、前記認定のとおり、白石係員は、火災報知器が鳴ってから、カメラを点灯し、グラフィックパネル上は、本件トンネルの西坑口から五〇〇メートルの範囲で火災報知器が鳴った表示となっていたのに、画像の出る四〇秒の間にITVカメラを七番に切り換え、火点のないことを確認してから九番に切り換えたため、火災報知器が鳴ってから火点を確認するまで約一分間も要したことが認められるから、前記の追加設計要領に基づく設備がなされていたことを前提とすれば、約一分間がまったく空費してしまったというべきであり、仮に、そのような設備がなされていなかったとしても、常時カメラを点灯し、グラフィックパネルに表示された火災の発生場所に対応するカメラを速かに選択することができるよう指導、訓練され、そのような運用がなされていたとすれば、火災報知器が鳴れば、直に、カメラをグラフィックパネル上火点のある可能性のある九番までは火点の確認等をしないで切り換え、約一〇秒で火点が確認できたというべく、約五〇秒空費したというべきである。したがって、それによって、約五〇秒ないし一分間水噴霧装置の作動が遅れ、一刻を争うべき初期消火の遅れを来たし、延焼を阻止しあるいは延焼の速度を落とす機会を失ったというべきであって、右水噴霧装置の作動の遅れは本件延焼事故と因果関係のある瑕疵といえる。
③ 原告らは、本件トンネルにおいて、水噴霧器の放水範囲が火災感知器が火災を感知した順に連続して二区画に制限されていたことが瑕疵であると主張するが、本件事故の際には、コントロール室は、本件トンネル内の正確な火災の延焼状況を十分把握していなかったこと前認定のとおりであるから、仮に、放水範囲がより広い水噴霧設備が設置されていたとしても、その設備の作動によって、迅速、適切な放水がなされ、有効に延焼事故を阻止することができたかどうか疑問があるから、右放水範囲の制限が本件延焼事故と因果関係のある瑕疵と認めることは困難である。
(4) 消火栓に関する瑕疵
① 原告らは、消火栓に備え付けられていたホースの長さが三〇メートルでは不足であった旨主張するが、消火栓を使用する消火活動は、本件トンネル内で発生した火炎について自動車の運転者又は同乗者が初期消火のために使用するものにすぎないこと前認定のとおりであり、被告の標準仕様においても、消火栓に備え付けのホースの長さは三〇メートルとされており通達にも、これを超える長さのホースを備え付けることを要求する旨の規定がないから、前記認定の放水能力及び設置間隔なども併せ考慮すると、通常消火栓に備え付けるべきホースとしては、右の程度の長さで足りるものというべきである。
② 原告らは、消火栓から放水するためには、格納箱内のレバーを倒すだけでなく、同箱内の起動釦を押さなければならない仕組みとなっていたことが瑕疵に当たる旨主張するが、現場での操作としては、レバーを倒すと加圧ポンプによって加圧された水が放水されるような仕組みになっていたこと前記認定のとおりであるから、この仕組みには瑕疵はない。しかし、本件事故当時、消火栓を使用して放水するためには、コントロール室で加圧ポンプを起動することが必要とされていたことは前認定のとおりであるところ、このような仕組みないし取扱いは、一刻を争う本件トンネル内の初期消火に関するものとしては、不備、不適切であって、火災現場での操作のみによって、直ちに放水することができるような仕組みないし取扱いにすべきであったというべく、この点は消火栓の放水設備の客観的な瑕疵に当たるというべきであるし、また、前記認定のように、新居及び原告大石らが消火栓ホースを引き出して消火活動をしていたころには、水噴霧装置が全く作動していなかったのであるから、コントロール室においては加圧ポンプの起動もされていなかったと認めることができる。しかし、前記認定のとおり、現場での車両の停車位置は、別紙7の(1)記載のとおりであって、右停車位置からすれば、最寄りの消火栓を使用することが不可能ではなかったと推認されるが、現実には、最寄りの消火栓のレバーを倒して放水した者がいることは確認されていないから、前記の消火栓の放火設備の客観的な瑕疵は、未だ本件事故と因果関係のある瑕疵と認めることはできないといわざるをえない。
③ 原告らは、消火ポンプの再起動装置が東換気塔にしかなかったことが消火ポンプの瑕疵である旨主張するところ、確かに、消火ポンプの作動は消火活動にとり必要不可欠であるから、コントロール室においても消火ポンプを再起動することができるような装置を設けることがより望ましいことであることはいうまでもないが、通達や被告の追加設計要領においても、そのような装置を設けることまでは要求されておらず、次善の策として専門的な消防機関に委ねることもとりうるから、右の点は、消火ポンプの通常有すべき設備の瑕疵に当たるとまではいえない。
(5) 消火器に関する瑕疵
消火器は、消火栓と一緒に格納器内に収納されていたが、格納器内の消火栓の収納部分の蓋を開けた場合蓋が一三一度の角度で開くため、消火器はその後ろ側に隠れ、見えにくくなってしまうような構造になっていたこと前記認定のとおりであるから、消火のため、初めに、格納器に到達した者が消火栓の利用を選択して消火器の収納部分の蓋を開けた場合、その後の利用者が消火器の存在に気付いてこれを利用することは甚だ困難であるというべく、本件事故の際においても、前記認定のとおり、消火栓が利用されようとしたものであるから、そのことによって、消火器の利用が全く妨げられたものというべく、仮に、本件事故の際早期に消火器が利用されたなら、延焼事故を阻止しあるいはその延焼の速度、時期を遅らせることもできたものと容易に推認しうるところであるから、右のような消火器の格納方法ないし場所の瑕疵は、本件延焼事故と因果関係のある瑕疵に当たるということができる。
(6) 給水栓に関する瑕疵
原告らは、消防用の給水栓の設置場所が、本件トンネルの西坑口及び東坑口に各一個しか設置していなかったのは、消防の消火活動を妨げるものであり瑕疵に当たると主張するが、本件トンネル内には通行者が初期消火に利用するための消火栓があることは前認定のとおりであり、それを消防機関が直接利用することも可能であるし、昭和四二年課長通達及び被告の暫定基準においても、給水栓は、トンネルの各坑口に置けば足りるとされていることを考慮すると、給水栓が本件トンネル内に設置されていなかったとしても、給水栓として通常有すべき設備に瑕疵があったとまではいえない。
(7) 可変標示板に関する瑕疵
① 本件可変標示板は、本件トンネルの警報設備として一個設置されていたが、その設置位置は、本件トンネルの東坑口から東京より五三五メートルの地点で、その間に長さ二六八メートルの小坂トンネルがあり、同トンネルの東坑口からさらに東京より二一〇メートルの地点であり、本件可変標示板は、「小坂トンネル」、「長さ268m」と書かれた道路標識の上に設置されていたこと前認定のとおりであるから、その設置位置及び道路標識からすると、自動車の運転者にとっては小坂トンネルに関する表示と誤られ易いのみならず、小坂トンネルは、長さが二六八メートルであったから、仮に本件可変標示板に「進入禁止」及び「火災」の表示がでていたとしても、右表示により減速、停止しようとした運転者は、小坂トンネル内に事故及び火災が発生していないことを確認した時には、再加速し、小坂トンネルを通過して本件トンネルに進入してしまう危険性が高いというべく、したがって、本件可変標示板の設置位置は不適切なものであったといわざるを得ない。
② また、本件可変標示板には、サイレンの吹鳴設備が併設されていたものの、本件事故当時、その吹鳴は停止されていたこと前記認定のとおりであるところ、高速度で走行する車両の運転者に対する警告としては視覚とともに聴覚に訴える必要があり、現に昭和四二年課長通達、昭和四三年課長通達及び被告の標準仕様においても、高速道路のトンネルについての非常警報装置として音信号発生装置が必要とされていたこと前判示のとおりであるから、このようなサイレン吹鳴の停止は、甚だ不適切なものであったというほかない。
③ そのうえ、本件可変標示板は、ITVによる火災等の確認の後に点灯、表示される仕組みとなっていたこと前記認定のとおりであるが、ITVの設備及びその運用に関し前記に認定判断したような瑕疵があったのであるから、このことによって、本件可変標示板の点灯、表示についても、約五〇秒の時間の遅れがあり、非常警報の迅速性に欠けるところがあったというべきである。
④ そして、前記認定のコントロール室の防災設備の操作状況、前記判断のITVの設備及びその運用の問題に照らすと、本件可変標示板の表示は、本来点灯表示されるべき時刻より約五〇秒遅れたことになるが、仮に、本件可変標示板の表示が実際の時刻より約五〇秒前に点灯表示され、また、それと同時にサイレンが吹鳴されたとすれば、そのことにより非常事態の発生を知り得た自動車運転者としては、極力本件トンネル内に進入するのを中止するよう努力し、あるいは既に本件トンネル内に進入していた車両も後退するなどして延焼火災の難を避けることも可能であったと推認しうるところであるから、本件可変標示板の迅速性の欠缺やサイレン吹鳴停止の不適切等には、本件延焼事故と因果関係のある瑕疵があったということができる。
(8) トンネル内警報設備に関する瑕疵
本件トンネル内には、ラジオ放送設備は設置されていなかったこと前記認定のとおりであるところ、本件トンネルのような長大トンネルにおいては、右トンネル内において火災等が発生した場合には、右トンネル内に進入し、あるいは渋滞している車両を早期に避難させ、延焼を防止するとともに、消防等の車両の進路を確保すべきであり、そのため、右トンネル内にも非常事態発生を警告、周知せしめるための放送設備を設置するのが当然であるというべきであるから、本件トンネル内にラジオ放送設備が設置されていなかったことは、いかにも不適切であるといわざるを得ないところ、仮に、本件事故の際、このラジオ放送設備が設置され、そのことが周知されておれば、本件トンネル内でラジオ使用中の通行車は、右放送により火災という非常事態の発生を知り、直ちに停車したり、火災発生場所から後退することも考えられ、そのことにより、右トンネル内の渋滞車両の数がかなり減少することになれば、本件のような大規模な車両の延焼事故は発生しなかったであろうことは容易に推認することができるから、本件トンネル内にラジオ放送設備が設置されていなかったことも、本件事故と因果関係のある瑕疵といえる。
(9) 信号機の不存在
本件事故当時本件トンネル東坑口には信号機が設置されなかったとしても、道路の交通に関し、灯火により交通整理等のための装置としての信号機の設置は、本来、都道府県公安委員会の権限に属し、本件トンネルを設置管理する被告のなしうる権限内の事柄ではないから、この点を、本件トンネルの瑕疵と評価することはできない。
(三) 通報体制に関する瑕疵
(1) まず、管制室内の被告係員は、静岡消防の午後六時四五分の問い合わせに対し、実際は火点は本件トンネル西坑口から四二〇メートルの付近であって、当時、管制室としては、日本坂下り九番の非常電話からの通報により、本件トンネル西坑口から約四〇〇メートルないし約六〇〇メートルの間の焼津側よりで火災が発生したことを把握していたのにかかわらず、本件トンネルの静岡側で火災が発生したという間違った回答をしてしまったことは前認定のとおりであり、これによって、既に火災の発生を通報していた静岡消防の火災発生場所の判断を誤らせ、ひいては静岡消防と焼津消防の消火対策に関する協議の機会を失わせ、焼津消防の消火活動への出動を遅らせる結果となったものというべきである。
次に、前記認定のように、管制室は、午後六時三九分から同四二分にかけて、静岡消防に対し、本件トンネル内の車両の衝突事故により火災が発生した旨の通報をしているが、管制室の係員は、正確な火点を伝えず、また、コントロール室では、本件トンネル内の本件火点から本件トンネル東坑口側が渋滞状態になっていることをITVの映像により確認していながら、いずれも焼津消防に消火活動の出動の打診をするまでの間は、静岡消防に対し、渋滞の状況及びそれによって、消防車等が火点にまで到達できない危険があることなどを全く伝えなかったというべく、そのことによって静岡消防と焼津消防の消火対策に関する協議の機会を失わせ、ひいては焼津消防の消火活動への出動を遅らせることになったと認められる。
そして、管制室において、出動経路を定め、その先導車も手配し、現実に出動できる形で焼津消防に対し出動要請を行ったのは午後七時一八分となってからであること前認定のとおりであり、焼津消防の出動を大幅に遅らせる結果となったところ、被告は、この点について、静岡消防及び焼津消防間の協定及び覚書に従った通報ないし出動要請であるから、被告には責任がない旨主張するが、まず、静岡消防ないし焼津消防からこの協定及び覚書が伝えられた際には、被告としては、これを鵜呑みにすることなく、焼津インターチェンジ及び静岡インターチェンジの間の長大な本件トンネル内で火災等の非常事態が発生した場合、右協定及び覚書とおりの運用によって十分対処することができるかどうかを検討し、もし、不十分であれば、静岡消防及び焼津消防にその旨申し出て右協定等の再考を促し、かつ、有効な対策について協議すべきであったというべきであるし、仮に、右協定等をそのまま承認するとしても、本件事故の火点は本件トンネル内の焼津側にあり、しかも本件トンネル内には車両が渋滞しているうえ、消防車等が通行する路肩がなく、本件トンネル東坑口からでは右トンネル内の火点に到達しえないような非常な事態が発生したのであるから、このような非常の場合にまで、右協定等の原則に従って行動すべきではなく、右協定等の例外的規定に則り臨機応変に焼津消防に出動要請する措置をとるべきであったことはいうまでもないから、被告の右主張は到底採用することができない。
(2) また、管制室のこれらの不適切な通報ないし出動要請の原因は、被告において、本件トンネル内で車両衝突事故に起因する火災が発生した場合、それが延焼して前記のような重大な災害に至ることを避けるためには、消防車等が、いかにして早く火災現場に到達することができるかなど臨機応変に対応できるような体制(具体的にはコントロール室係員に対し、一連の防災設備の操作が終った後に、ITVカメラを用いて、火点の知りうる限りの位置及び火災の状況、渋滞車両の調査をさせ、その結果をすみやかに管制室に伝えさせること、焼津消防にも一応火災の発生をすみやかに通報すること、渋滞車両が多数存在し、東坑口からの進入が困難であった場合の焼津消防の進入方法について、事前に検討し、関係各機関とも協議しておくこと等)を整え、マニュアル化し、それに従って係員を指導、訓練しなかったことにあるというべきであるから、被告の消防機関への通報に携わる係員の指導、訓練に不十分、不適切な点があったものといわざるを得ない。
(3) そして、被告において、適切な通報体制をとっていれば、遅くとも、本件トンネル内の車両の渋滞の情報に接した午後六時四三分過ぎには、焼津消防に対し、正確な火点、焼津消防の焼津インターチェンジからの経路及び先導方法を特定して出動要請することができたといえるし、焼津消防が右要請を受けて直ちに出動したとすれば、午後七時〇五分過ぎころには火災現場に到着して放水を開始できたものというべきである。加えて水噴霧器ないし消火栓に前記のような瑕疵がなければ、焼津消防は、延焼火災の発生前に消火活動を開始することができ、本件延焼火災を防止することも可能であったと推認することができるから、通報、出動要請の瑕疵と本件延焼事故との間には因果関係があることが明らかである。
5 被告の責任についての結論
以上認定判断したところによれば、本件トンネルには、(1)水噴霧に関する瑕疵、(2)消火器に関する瑕疵、(3)可変標示板に関する瑕疵、(4)トンネル内警報設備に関する瑕疵、(5)通報体制に関する瑕疵があることが明らかであり、これらの瑕疵と本件延焼事故及びこれにより原告らが被った損害との間に因果関係のあることは、既に説示したとおりであるから、被告は、国賠法二条一項に基づいて、原告らが被った後記損害を賠償すべき責任があるものというべきである。
六危険への接近ないしは過失相殺
被告は、原告ナカミセ食品株式会社保有の車両を運転していたその代表者の弟橋ヶ谷政次、原告堂原勉及び原告渥美仁一郎は、本件可変標示板の表示を見ながら、本件トンネル内に進入したのであるから、自らの過失によって、損害を受けたと評価されるべきであり、損害賠償請求権の発生を否定するか少なくともその損害については右の事情を斟酌すべきであると主張するので判断する。
確かに、原告ナカミセ食品株式会社代表者及び原告堂原勉本人尋問の結果によれば、原告ナカミセ食品株式会社保有の車両を運転していた橋ヶ谷政次と原告堂原勉は、いずれも本件可変標示板に「進入禁止」「火災」と表示されているのを視認しながら、本件トンネルに進入したことが認められるが、右車両の運転者にとっては、どの場所でどのような火災が発生したかが十分理解できず、円滑に進行する先行車に追従して本件トンネル内に進入したものと容易に推認するに難くないから、それを非難するのはいささか酷に過ぎるというべく、本件トンネルの設置管理の瑕疵の重大さに鑑みると、右車両の運転者の本件トンネルへの進入を危険への接近ないし過失と捉えて、その損害賠償請求を否定しあるいは損害を減額するのは相当ではないと判断する。
したがって、被告の右主張は理由がなく、採用の限りではない。
七原告らの損害
1 車両損害等
(一) 所有権留保売買による買主の車両損害
本件においては、所有権留保特約付売買によって、車両を購入し、これを継続的に保有、使用していた買主である原告らが、その車両の焼失による損害を請求しているところ、そのような場合、買主である原告らは、車両の焼失当時、右車両の所有者ではないが、割賦代金の完済によって、右車両の所有権を取得しうる停止条件付所有権を有するものであり、また、民法五三四条一項によると、売主の責に帰すべからざる事由により車両が滅失又は毀損しても、買主である原告らが代金を支払うべき義務を免れるものではなく、現実に、買主である原告らが右義務に従って、割賦代金を完済した場合には、本件事故によって車両が焼失しなかったならば、最終的にその所有権を取得できたものというべきであるから、民法五三六条二項但し書の類推適用によって、売主が、本件事故によって、右車両の所有権を害されたことによって取得した被告に対する損害賠償請求権が、買主である原告らに当然移転し、原告らがその損害賠償請求権を行使することができるものと解することができる。
(二) 中古車両の焼失の場合の損害の算定基準
認容金額一覧表
番号
原告名
車両損害額
積荷等損害額
弁護士費用
認容額
1
ナカミセ食品(株)
0
726,000
70,000
769,900
2
渥美仁一郎
1,080,000
0
110,000
1,190,000
3
大石峯夫
840,000
0
80,000
920,000
4
堂原勉
760,000
35,800
80,000
875,800
5
髙須吉郎
730,000
427,000
120,000
1,277,000
6
知久富士雄
1,480,000
242,000
170,000
1,892,000
7
吉永真
480,000
64,000
50,000
594,000
8
(有)平和家具
680,000
220,000
90,000
990,000
9
小野亮
1,150,000
150,000
130,000
1,430,000
10
澤入和雄
690,000
0
70,000
760,000
11
山口道晴
760,000
0
80,000
840,000
12
柴田敏男
720,000
0
70,000
790,000
13
(株)石川鉄工所
435,000
0
40,000
475,000
14
(株)フクシマ
1,635,000
2,979,725
460,000
5,074,725
請求金額一覧表
番号
原告名 名
車両損害額
積荷等損害額
弁護士費用
合計金額
1
ナカミセ食品(株)
なし
731,900
222,000
953,900
2
渥美仁一郎
1,359,000
なし
350,000
1,709,000
3
大石峯夫
1,055,000
なし
290,000
1,345,000
4
堂原勉
956,000
35,800
270,000
1,261,800
5
髙須吉郎
767,000
427,000
310,000
1,504,000
6
知久富士雄
1,642,000
242,000
450,000
2,334,000
7
吉永真
680,000
64,000
222,000
966,000
8
(有)平和家具
680,000
220,000
246,000
1,146,000
9
小野亮
1,640,000
180,000
450,000
2,270,000
10
澤入和雄
690,000
10,470,000
1,840,000
13,000,500
11
山口道晴
847,000
3,600
246,000
1,096,600
12
柴田敏男
859,000
なし
246,000
1,105,000
13
(株)石川鉄工所
435,000
なし
150,000
585,000
14
(株)フクシマ
795,000
4,034,255
1,088,000
6,757,255
〃
840,000
右合計額
13,245,000
16,409,055
6,380,000
36,034,055
中古車が、事故によって焼失した場合の損害賠償の算定は、原則として、これと同一車種・年式・型・同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得するに要する価額によって定めるべきであるが、原告らの保有車両は、本件事故によって焼失し、その使用状態・走行距離等を確定することができないこと後記認定のとおりであるから、このような場合は、同一車種・年式・型の車両を中古車市場において再調達する場合の一般的価格によって算定することもやむを得ないというべく、したがって、中古車市場の一般的な価格を表すシルバーブックに記載のある車種・年式・型の車両の損害については、その価格によって算定するのが相当である。また、シルバーブックに記載のない車両についてみるに、本件事故当時のシルバーブック(手書部分以外成立に争いのない<書証番号略>)によると、販売後一年経過した車両は、概ね新車価格から三割減で取引きされていると認められ、また、一旦新車として登録されて販売され、購入者によって一定期間使用された車両は、中古車とされて新車価格よりもかなり低い価格で取引きされていることは公知の事実であるから、車両の状態について特段の主張・立証のない限り、一旦登録、販売され、購入者によって使用に供されたことによって、新車価格のほぼ一割減、その後の半年の使用で新車価格のほぼ二割減、一年の使用で新車価格のほぼ三割減の価格で、中古車市場において再調達することができたものと推認するのが相当であるから、その再調達価格に基づいて、車両損害を認定することも許されるものと解すべきである。
損害車両明細表
番号
原告名
車名(通称)
型式
年式
登録年月日
登録番号
価格
2
渥美仁一郎
日産ローレル
KSC230
54
54.1.29
浜松56ち7401
1,359,000
3
大石峯夫
トヨタタウンエース
ETR15G
53
54.7.28
静岡56ゆ2575
1,055,000
4
堂原勉
日産パルサー
EYN10
53
54.8.6
横浜58に518
956,000
5
高須吉郎
マツダファミリア
EFA4TS
54
54.6.19
静岡56り6520
767,000
6
知久富士雄
日産キャラバン
KRSE20GA
54
54.6.7
静岡56り5256
1,642,000
7
吉永真
三菱ランサセレステ
A73
50
54.9.19
神戸56な72
680,000
8
(有)平和家具
マツダタイタン
EXR15
52
52.11.17
浜松44ろ6531
680,000
9
小野亮
三菱シグマ
EA133A
53
53.8.26
静岡56や667
1,640,000
10
澤入和雄
日産キャラバン
H-VSE20
53
53.3.18
静岡44め3678
690,000
11
山口道晴
ホンダシビック
E-SK
54
54.8.1
多摩58す8903
847,000
12
柴田敏男
ホンダシビック
E-SG
53
53.12.21
浜松56ち3799
859,000
13
(株)石川鉄工所
日産サニー
B210
50
54.8.7
三河56ぬ4365
435,000
14
(株)フクシマ
日産セドリック
H-V330
51
51.1.23
三河44ま6900
795,000
〃
いすずエルフ
TLD23
52
三河11に8447
840,000
(三) 具体的な車両損害<省略>
2 積荷等損害<省略>
3 弁護士費用<省略>
八結論
以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告に対し、別紙認容額一覧表の原告名欄記載の各原告につき同表の認容額欄記載の各金員及び右に対する昭和五四年七月一二日以降支払済に至るまで、それぞれ年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから正当としてこれを認容するが、その余の各請求はいずれも理由がないので失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用し、なお、被告は、担保を条件として仮執行免脱宣言の申立てをしているが、事案の性質上不相当であるからこの申立てを却下することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官小林登美子 裁判官水野有子)
別紙図面1ないし図面7の(2)<省略>
別表(一)ないし別表(一〇)―2<省略>
日本坂トンネル防災設備及び国の基準比較表<省略>
車両残代金支払表<省略>
積荷等損害明細表<省略>
積荷表(一)ないし(四)<省略>